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行く人と帰る人と(映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』)

お正月の遊びといって思い出すのは、百人一首です。
子どもの頃、大人同士の源平合戦に混ぜてもらっているうちに、いくつかの歌は自然に覚えていました。
あのころは、いろんなことを自然に覚えられたんですね。
歳月を経たいま、すべてのことは自然と忘れます。
「覚えていない」ことさえ、たちどころに忘れます。
なのに、子どもの頃に覚えてしまったことだけは、いまだに思い出すことができる。
頭の中がどうなっているからなのか、なんだか不思議な話です。

百人一首の中で、子どもの頃に覚えて忘れていない歌のひとつに、蝉丸法師の歌があります。

  これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関

坊主めくりのときに蝉丸法師の札を引くと、座が一気に盛り上がったことと重ね合わせて覚えています。
坊主めくりには「蝉丸ルール」と呼ばれるものがあるそうだけど、それはまた別の話。
この歌の意味は、こんな感じになります。

行く人も帰る人も、知る人も知らない人も、みんなが出逢っては別れる坂、「逢坂の関」とはそういうところ・・・

公開中の映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』は、この歌を思い出させます。
ある日、電車の中で出逢った女性に一目惚れしてしまう主人公。
でも、彼女は、どんな神様のいたずらなのか、時間軸を逆行しながら生きています。
だから、ふたりが恋人同士でいられるのは、お互いの時間が交錯する40日あまり。
まさに、ひとつの時間軸のうえで、「行く人」と「帰る人」が出逢ってしまう。
年に一度の逢瀬が約束されている織姫と彦星よりも苛酷な運命のなか、淡いラブストーリーが描かれます。
映画の舞台となるの京都の街は、「逢坂の関」のイメージにもぴったりな感じではありました。

別れるための出逢い、その運命を微笑みながら受け入れるヒロイン(小松菜奈)が印象に残ります。
堪えきれずに流す涙は、そのまま淵となっていつまでも流れ続けるのかもしれません。
そういえば、百人一首には、こんな歌もあります。

  思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪えぬは涙なりけり

どれほど辛くても命はあるというのに、生きてはいけるというのに、堪えきれない悲しみに涙があふれてきてしまう・・・

この涙のせつなさはひとしおです。

行く人、帰る人、みんなすれ違ってふたたび出逢うことはない。
思えば蝉丸法師も罪作りな歌を詠んだものです。
この歌さえなければ、この世のすべての出逢いはハッピーエンドになったのかもしれないのに。

それでは。



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東京の空の片隅に

三が日、いいお天気が続きました。
今年も初詣は亀戸天神。
行列の長さも例年どおりです。
待ち時間はおよそ1時間20分。
牛歩を続けて、ようやく太鼓橋を二つ渡ると、本殿が見えてきます。
でも見えてからが遠い。まだあと30分ぐらいは並ばないと、と思いつつ、手持ちぶさたに空を見上げました。お昼過ぎの空の、左側にはスカイツリー、そして・・・それだけ。どこを探しても雲のかけらも見あたりません。まったくもって、いいお天気でなによりです。

と思って見上げていたら、遠く彼方の一点から、なにか白いものが浮かび上がってきました。機影です。音もなくゆっくりと近づき、次第に「飛行機のかたち」となり、やがてまたなにか「白いもの」に戻って消えていきました。消えたと思ったら、またもとの方向からきらりと光を反射して、別の機影が近づいてきます。この空は旅客機の航路だったんですね。次々と消えては現れる機影を、その数8つまで数えたところで、気がつくと行列の先頭まで進んでいました。二礼二拍手一礼。今年もよい年でありますように。

お参りを終えて、ふと思いました。
元旦の神社の本殿の彼方の青空。そこを静かに横切ってゆく白い機影というのは、ことによると吉兆なのではないか。
そんなふうに思えるのは、いまが「平和な日常」だからこそなんでしょうね。
72年前の3月10日未明には、この同じ空を巨大な銀色の機影が覆い尽くしたそうです。その腹からまき散らされた焼夷弾は、この町もこの町に続く町もそのまた隣の町も、残らず焼き尽くしました。「いま」が72年前でなくて本当によかった。

『この世界の片隅に』という映画を観ました。
戦時中の広島・呉周辺が舞台です。どんなに物が不足しても、日々の生活を懸命に生きる少女の姿が描かれます。
でも、かけがえのない「いま」という日常の上に、機銃が掃射され、焼夷弾が落とされ、そしてきのこのかたちの雲を生む、あの「爆弾」が閃光を放ちます。見慣れた空に、ある日いきなり異物のような影が現れ、大切なものを根こそぎにしてしまう。

「みんなが笑うて暮らせりゃええのにねえ」

映画の中にある言葉です。
ほんとにそうですね。みんながにっこりと会釈を交わし合えるような毎日。
そんな毎日が続くといいなと思います。
空を横切る機影を見てのんきに「吉兆」だと思えるような毎日が、ずっと続くといいなと思います。


それでは。



「時」の鎖を断ち切る(映画『君の名は。』)

先月、東京都心で雪が降りました。
11月としては54年ぶりのことで、史上初の積雪となったところもあったそうです。
ちょうどこの日、東京から神奈川の三浦海岸まで出かける用事がありました。
1時間半ぐらいで着く予定だったけど、雪のためダイヤが乱れてしまい、途中駅で何度か時間調整することに。
結局、40分ほどの遅延で到着しました。
ダイヤどおりに進まない電車の窓から降り続ける雪を見ていたら、ふと新海誠監督の『秒速5センチメートル』という作品を思い出しました。ちょっと似たシチュエーションのような気がしませんか?まあ、「待ち人」がまったく異なるのは仕方ないこととして。

新海誠監督の作品には、「伝えたいのに伝えられないこと」のもどかしさ、せつなさが通底しています。人と人とを繋ぐツールがどれだけ進歩しても、何かしらが立ち塞がり、その思いが相手に伝わることを妨げます。
妨げるもの。それは降雪のような自然現象であったり、お互いの間に横たわる距離であったりします。『ほしのこえ』(2002年)という作品では、この距離はじつに「光年」の隔たりを持つまでに至ってしまいます。

新作『君の名は。』を観ました。
今回、人の恋路を邪魔する野暮は、「空間」ではなく「時間」です。
かくも手強い障壁を乗り越えて、思いはふたたび繋がりあうことができるのか・・・・

この映画には、古今の過去作品をオマージュしているような気配があり、新海監督の映画愛を感じます。
個人的に想起したのは、たとえば『ある日どこかで 』(1980年、アメリカ)。
この映画で、主人公は「時間」が築く城壁に果敢に立ち向かいます。
その愚直なまでの一念は、そこに小さな穴をうがつ。
でも、その穴から溢れ出る奔流は、逆にたちまち彼を呑み込んでしまう。
甘さとほろ苦さがブレンドされた、忘れがたい名作です。

『時をかける少女』 という映画もありました。
何度も映画化されている中で、なんといっても思い出されるのは、原田知世がヒロインとなった1983年版。
北原白秋に「どくだみの花のにほひを思ふとき青みて迫る君がまなざし」という歌があるけど、この映画を思うたびによみがえるのはラベンダーのあの香りです。
せつなさ溢れるラストシーンから反転した爽やかなエンディングテーマが心に残る映画でした。

『君の名は。』という映画が想起させるのは、こういった過去の映画だけではありません。
たとえば、夏目漱石の『夢十夜』
この小説には、「100年の後に百合の花になって会いに来る」と言い残して息を引き取る女性がいます。その墓の傍らで待ち続ける男がいます。
いつしか時は流れて、そこに一輪の蕾が花びらを開きます。

『君の名は。』は、こういったさまざまな「物語」と通底する美しさを感じさせます。
「時」の鎖を断ち切ったとき、絶望や孤独の彼方からやがて降りてくる一条の「ひかり」。
映画の中から放たれるこのひかりを浴びると、視界が揺れてゆがんで溶けるおそれがあります。注意が必要です。

それにしても・・・
通信機器の発達は日進月歩。
遠くない将来、「光年の壁」も「時間の障壁」も超えたスマホが登場するかもしれません。
さらに、「この世」と「彼岸」を繋ぐスマホを、スティーブ・ジョブスが開発中・・・・
だったらいいですね。大いに期待したいです。

それでは。



「空洞」を満たすもの(映画『永い言い訳』)

いま、東京では、豊洲というところの地下に見つかった空洞をめぐって、てんやわんやの事態になっています。
どのように収束していくのか、まだ予断を許しません。
「さっさと埋めてしまって、なかったことにしてしまえばいい」という訳にはもいかず、右往左往するひとたち。
とつぜん降って湧いたような「空洞」とは、かくもやっかいなものかと思います。

「空洞」は、建設予定地の地下のみにとどまらず、誰彼かまわず、いきなりその胸の奥底に出現することがあります。
「喪失」が人の世の常なのだとしたら、「空洞」をかかえて生きることもまた避けられないのかもしれません。
では、ぽっかり空いたその暗闇は、盛り土をすることでリカバーできるのか。
そもそも、それは、何かで埋め合わせができるようなものなのか。
そこに湧き出し続ける「悲しみ」は、ほかのどこに持っていったらよいのか。
誰にとっても「空洞」というのはやっかいなものですよね。

公開中の映画『永い言い訳』を観ました。

永い言い訳

不慮の事故でいきなり妻を失った小説家のお話です。
なのに主人公は「これっぽっちも泣けない」ことに戸惑います。
どうも、彼の中の「空洞」は、「妻の死」以前のもっとずっと前から、そこにありつづけていた。
そのことに気がつきます。
じぶんの体の中心に居座る、黒々とした「空洞」。
それは、誰を寄せ付けることもなかった、秘密の場所です。
彼自身の「本音」でさえ、そこには居場所がありません。
彼はあせります。
せめて「悲しみの涙」でこの空虚をいっぱいに満たせたら。
だけど、「これっぽっちも泣けない」彼には、それすらままなりません。

なんだか難儀な話ですね。
観ていて息が詰まりそうになりました。

それでも映画は、結末を迎えます。
「先送り」でもなく「一時しのぎ」でもない結末に思えます。
からっぽの自分を丸ごと受け入れ、あるがままの自分を人にも受け入れてもらう覚悟。
自分の延長が「他者」であり、その「他者」もまた「受け入れがたい」ものを受け入れて生きていることを認める勇気。
「空洞」はどこまでいってもやっかいでありつづけます。
でもまずそこに「他者」のまなざしを光として満たす、そこから始めることが必要みたいです。

豊洲の地下空間問題で頭を悩ます人たちも、この映画を観れば落としどころがすぐにわかる・・・・かもしれません。
「他者のまなざし」はあなどれないです。
どうか「先送り」でもなく「一時しのぎ」でもない結末になりますように。

それでは。



「自分の仕事をしただけ」(映画『ハドソン川の奇跡』)

「トム・ハンクス主演の映画に、はずれなし」という格言が辞書に搭載される日も遠くはない・・・
そう思わせられる映画を観ました。クリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』です。

ハドソン川の奇跡


9年前、乗客155人を乗せた民間機がニューヨークのハドソン川に不時着水した事故の映画化作品です。
トラブル発生後、着水までの208秒。わずかこれだけの時間で、飛行場に戻るという選択肢を捨てる決断をし、最高の技量で機体を無事に着水させたサリー機長。
メディアから「英雄ですね」とマイクを向けられ、こう答えます。

「自分の仕事をしただけです」

この映画を観て、このセリフにしびれた人は多いのではないでしょうか。
まさに、寡黙で腕のたしかな職人(アルチザン)としての年輪を感じさせるひと言です。
長年、ひとつのこと(飛行機の操縦)に打ち込んできた人間がもつ、ゆるぎない「風格」と言ってもいい。

いっぽう、「自分の仕事をしただけ」という言葉を、別の文脈で使った人物がいます。
ドイツの親衛隊(SS)中佐として、数百万のユダヤ人を強制収容所へ移送するに際に指揮を取っていた、アドルフ・アイヒマンです。
戦後、逃亡の末、イスラエルで裁判にかけられ、死刑となりました。

『ハンナ・アーレント』(2012年)という映画で、そのことが触れられています。



アイヒマンは、裁判の中、「自分は命じられてただ仕事をしただけ」と繰り返します。
稀代の殺人者というよりも、むしろ凡庸なまでの「小役人」の姿がそこには浮かび上がります。

「ただ、自分の仕事をしただけ」という結果として、155人の命を救う「英雄」となることもあれば、大量虐殺のお先棒を担ぐ、悪魔的「小役人」となることもある。

両者の「差」はいったいどこから来るのでしょう。
日々の仕事にいそしむとき、心の中で、胸を張って空を仰いで、「自分の仕事をしただけ」と言えるかどうか。
分岐点はそこにあるような気がしました。

それでは。




『アフリカの日々』(映画『愛と哀しみの果て』の原作を読む)

『愛と哀しみの果て』という映画があります。



いささか冗長な語り口なのに、なぜか忘れがたく印象に残る、不思議な映画でした。
その原作となっているのが『アフリカの日々』(晶文社:アイザック・ディネーセン著)。




この連休でようやく読み終えました。
なんで「ようやく」なのか。
映画を観て以来、いつかこの原作を読んでみたいと思い、昨秋、この本を購入し、「早く読みたい」という思いと、「読むのが惜しい」気持ちとが交錯して長らく「積ん読」状態が続き、でも、今年の夏も終わったいま、考えてみれば、いや考えるまでもなく、来年になればまた「来年の夏」が終わってしまうわけで、その前に、いまこそ「区切りをつけなければ」というわかりにくい理由に駆り立てられて一念発起、この連休で一気に読み終えました。
感想は・・・「やっぱりいま読んでよかった」と「読み終えてしまったのが惜しい」とが交錯しています。

映画は、映像美あふれるラブストーリーとなっていて、ノスタルジックな味わいにも事欠きません。
それと比べ、『アフリカの日々』は一貫した筋立てがある小説ではなく、ディネーセンによる日々の記録、いわば回顧録です。

文章は主情に流れることなく、あくまでも淡々と綴られます。
でも、抑制しようとしてもしきれない思いがにじみ出てくることもあります。
それは、土地に暮らす人たちのたくましさや気高さに対する「敬意」であったり、動物たちの賢さ、崇高さに対する「感嘆」であったり、自然の雄大さ、神々しさに対する「賞賛」であったりします。

映画ではロバート・レッドフォードが演じる冒険家、デニス・フィンチ=ハットン。
「強い絆に結ばれた友人」として登場します。友人以上の存在であったことは、ただ行間でのみ語られます。
彼の悲劇的な最期も、見晴らしのいい丘陵に埋葬するまでの一部終始も、文章はつねに抑制されています。

たとえばこんなふうに。

「彼はこの高地を吸収し、この土地はデニスの個性の刻印をうけて、彼自身の心象のなかでかたちを変え、デニスの一部となった。いまアフリカはデニスを受け入れ、彼を変え、アフリカそのものの一部とするであろう。」(403頁)

デニスが彼女にとってどれだけかけがえのない存在だったのか。
この簡潔な描写のなかに、すべてが凝縮されています。
朝な夕なに現れて、墓のうえで横たわるようになったという二頭のライオン。
思わず胸を打たれる後日談です。
王墓を守るスフィンクスみたいです。

このエピソードは、映画でもまた余韻の残る名場面となって描かれていますね。
『愛と哀しみの果て』という長尺の映画が深く印象に残るのは、このシーンあればこそなんだろうなと思います。

アフリカに魅せられ、ときとしてその大地や丘陵と同化してしまうほどアフリカそのものを愛したディネーセン。
でもまた、別れのときはいやおうなく訪れます。
諸般の事情が押し寄せ、やむなくアフリカを去る最後のそのとき・・・・
「アフリカ」は、まさに人格を備えた存在として彼女の前に顕現します。

「去ってゆくのは私ではない。アフリカを離れるなど、私のとぼしい力をもってしては到底できない。逆に、引き潮のようにゆるやかに、かつおごそかに私から遠のいてゆくのは、このアフリカのほうなのだ。」(432頁)

荘厳なまでの擬人化ですね。
誰かに袖にされたときなどのために、この部分をストック・フレーズとして心に用意しておくといいかもしれません。

「去ってゆくのは私ではない。・・・引き潮のようにゆるやかに、かつおごそかに私から遠のいてゆくのは、彼女のほうなのだ。」

失恋の痛手など、軽々と超克できるとは思いませんか?
無理かな、やっぱり。

それでは。


「想定外」を具現化(映画『シン・ゴジラ』)

公開中の映画『シン・ゴジラ』が面白いです。
2年前、ハリウッド製『GODZILLA ゴジラ』を観て、その迫力に圧倒されました。
そのとき、もう日本でゴジラ映画を撮っても仕方がないとまで思ったけど、とんだ思い違いでした。
今回の『シン・ゴジラ』、世界中に胸を張って見てもらえる日本映画です。
「怪獣」映画というくくり方をしてよいのかどうかわからなくなるような、観ている側に緊張を強い続ける映画です。

5年前、日本は「想定外」という事態が現実に起こることを体験しました。
国のシステムが、「想定外」に対してはいかに無力であるかも思い知らされました。
この映画でのゴジラは、まさに「想定外」という事象の具現化として眼前に現れます。
ゴジラには、「人々を恐怖におとしいれる」といった「意図」はありません。
「都市を破壊する」という「目的」もありません。
ただ、「想定外」の存在として「存在」します。
そのことに、どうしようもないリアリティを突きつけられます。

絶望的な展開の映画の中で、2つのことに救いが感じられました。

ひとつは、対処する側の人たちが、途方に暮れながらも概して冷静な態度を崩さないこと。
首相は、頼りなさげであったり茫洋としていたりするけど、少なくとも取り乱したりする姿は見せません。
ただ一度、対策責任者が怒声を発する場面でも、即座に同僚は水のペットボトルを彼の胸に押しつけ、落ち着かせます。
危機的状況であればあるほど、クールダウンをこころがける。
日常生活レベルでも役立つ教訓です。
たとえばレストランで食事中に財布を忘れてきたことを思い出した、というときなどに是非生かしたいものです。
とりあえず慌てずに、最後まで食べきりたいものです。
それ以前に、外出時には財布を忘れないようにしたいものです。

もうひとつの「救い」は、この想定外の脅威に立ち向かい、未曾有の危機を安定させるのが、カリスマ的な指導者でも限定されたヒーローでもなく、日本人ひとりひとりの英知と勇気の集合である、という点。
これまでこの国で繰り返されてきた災厄を乗り越えてきたのは、乗り越えられたのは、まさにそのパワーがあったからではないでしょうか。こういう国土で生きなければならない宿命を負ったわれわれにとって、それを信じられることこそが「希望」であり「光明」です。

「いささか甘いのでは」というお叱りを受けるかも知れません。
でも、このビターきわまる映画に、その程度の「蜜」はトッピングしてかまわない気がしました。

それでは。


疑似家族の「いま」(『プラージュ』:誉田哲也)

賃貸住宅市場で、いま、「シェアハウス」が注目されているみたいです。
ひとつの住居を複数で利用する。コスト面でのメリットはもとより、さまざまな事情を抱えた人たちにとって利用しやすいという側面もあります。

そんな、シェアハウス(のような住まい)を舞台にした小説を読みました(『プラージュ』:誉田哲也)。



住んでいるのは、みんなどこかいわくありげな人たちです。
どんな「いわく」かといえば・・・それぞれ、かつて過ちを犯し、前科を負ってしまった人たちばかりが寄り集っている、ということ。
お互い同士、事情を抱えていることがわかっているから、住人たちはみんな、無遠慮に相手の心に踏み込むことをしたりはしません。作中、「暴くまでもなく、晒される。隠さなければ、暴かれることもない」と語られる関係です。でも、誰かが危難に遭えば、体を張ってでも助け出そうとしたりもします。
住人のひとりは、こんなことを感じます。

 「不安になるほど、ここには垣根というものがない。なのに、それが不思議と心地好い。」

普段は適度な距離をとって接しているのに、いざとなれば一気にその距離をとっぱらってしまう。そんな不思議なコミュニティです。

以前、映画にもなった『パレード』(吉田修一)という本では、かなり違った関係が描かれていました。マンションの一室で共同生活することになった数人の男女。一見、和気あいあいのように見えるその暮らしぶりとは裏腹に、お互いの「本当の姿」に対して、徹底的に無関心です。身近に接していながら、お互いの姿をなにも見てはいない、見えてもいない。読み終えて思わずぞっとするほどのリアリティがありました。

『プラージュ』も『パレード』も、一種の「疑似家族」テーマの物語です。
「疑似家族」は、これまで繰り返し小説や映画で描かれ続けてきました。
たとえば28年前に書かれた『キッチン』(吉本ばなな)でも、フィクショナルな「家族」との生活の中で、ただゆっくりと主人公は再生していきます。

『パレード』を読むと、いまがそんな時代とはかけ離れてしまったことを感じさせられます。
いっぽう『プラージュ』は、このうそ寒さを感じさせる「表面的」なだけの人間関係に疑問符を投げかけ、もういちど揺さぶりをかけるかのようなお話です。

もちろん、「シェアハウス」はよいことばかりではありません。
ハウスを経営する女性は、若い住人にこう語ります。

 「ずっとここにいることは、誰にも、できないんだからね。そのうち君は、ここを出ていかなきゃいけないんだからね・・・」

テンポラリーであることが宿命であるシェアハウス。
「プラージュ」とは、フランス語で「海辺」を意味するとのこと。
どんなに居心地がよかろうが、いずれは立ち去る場所が「海辺」です。
立ち去って、残るのはただ思い出だけ。

ぼくは「海辺」にたたずんだ思い出というのは、ほとんどありません。
なのに「海辺」から連想される言葉は「沈む夕日」です。
なぜなんでしょうね。べつに夕日に向かって叫んだ思い出があるわけじゃないんだけど。

それでは。


ハードボイルドな女絵師(『眩(くらら)』:朝井まかて)

墨田区が発行する印鑑証明書をみると、その裏側には、かの有名な『神奈川沖浪裏』がデザインされています。

神奈川沖浪裏

地元墨田区に生まれた天才浮世絵師、葛飾北斎。
もしまだ存命だったら、間違いなく「国民栄誉賞」に輝いていたと思います。
その北斎を、「郷土の偉大な芸術家として顕彰」するために開設されることとなった「すみだ北斎美術館」が、いよいよ今年11月にオープンされます。待ち遠しいです。

ところで、北斎には、お栄(号は「応為」)という娘がいました。
晩年の北斎に、「美人画では応為にかなわない」と言わせたほどの絵師だったそうです。
そのお栄が主人公となる小説(『眩(くらら)』:朝井まかて)を読みました。



気むずかしい北斎を支え、身内の不始末に苦労を重ねるお栄。
実りのない恋模様なども絡めながら、西洋画の明暗法に傾倒し、特徴ある細密描写を生み出すさまが描かれます。

後半、「三曲合奏図」という肉筆画誕生の場面が興味深く書かれています。

三曲合奏図

琴、三味線、胡弓、この三つの楽器を奏する三人の女を、画面の中でどのように配置するのがよいか。
最適な構図を求めて工夫を凝らし、苦心を重ねます。
この箇所を、画集やネットなどで実際にこの絵を見ながら読むと、面白さが倍増するのでは。

ルノワールのこのデッサンと、構図が似ている気がしますね。
すこし不思議です。

ルノワール

生没年も不詳というお栄の生涯には、輪郭線がないようにも見えます。
この時代、表舞台に立つことが難しかった多くの女性と同じように。
だけど、輪郭なんて関係なく、くっきりした明暗の中に彼女はその生きたその証を残しました。
北斎の死後、忽然と行方をくらましたというお栄。
大人しく額縁の中に納まることを拒み、ひとり浮世の荒波の中に漕ぎだしていくかのようです。
物語のラストに浮かび上がってきたのは、意外にもハードボイルドな、颯爽とした女絵師の姿だったのでした。

それでは。


日曜日の正しい過ごし方について(「小泉今日子書評集」:中央公論新社)

『日曜日には鼠を殺せ』という映画がありました(1964年:フレッド・ジンネマン監督)。
日曜日の過ごし方としてはかなりユニークです。
でもぼくにはとくに殺す鼠もいないので、日曜日にはまずコーヒーを飲みます。
そして朝刊を開き、書評欄にさっと目を通します。

チェックするのは、タイトルと著者名、それに評者。
評者のひとりに小泉今日子がいました。
アイドル時代からおなじみのひとではあるし、気になる名前です。
ただ、とくに熟読はせず、斜めに読むだけだったと思います。
今回、その書評を一冊にまとめた本を手にしてみました( 「小泉今日子書評集」:中央公論新社)。



読んで驚いたのは、彼女の書評が、日曜日ごとに10年間も続いていたということ。
それと、この書評に目を通したことがきっかけで読んだ本が何冊かあったということです。

彼女の書評は、その短い文章の中に、惹きつける「読ませどころ」がどこか一箇所は置かれています。
たとえば、

 「自分よりも弱い何かを守ると決めた時、男の子は男になるのかもしれない」(「たまもの」:小池昌代)

 「時というものは残酷でもあるし、優しくもある。私の骨にもまだいくつかの染みが残っている」(「骨を彩る」:彩瀬まる)

 「人前だろうと一人だろうと、うわぁーんと大きな声で心からなけたなら、それは大人になるための二度目の産声なのかもしれない」(「逢沢りく」:ほしよりこ)


などなど。

言葉のセンスのよさも随所で感じられて、読後感のよい書評集でした。
新聞の書評欄にまた復活してくれたら、こんどはきちんと熟読します。
『日曜日にはコイズミを読む』というのは、朝のひとときの過ごし方として「Not bad」だと思います。

それでは。





プロフィール

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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