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修善寺にて

夏休み最後の週末。家族で伊豆修善寺温泉に行ってきました。
伊豆半島で最も歴史がある温泉。
熱海や箱根とはひと味違った観光地です。

ところで、修善寺といえば思い出される夏目漱石。
明治43年8月24日、胃潰瘍の療養のため逗留していたこの地で、漱石は800グラムの大量吐血をします。
人事不省の危篤状態から生還し、作風は、その後、微妙に変化します。
錐をもみこむように追求される人間のエゴイズム。
作品後期三部作と呼ばれる『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』が次々と書かれていきます。
修善寺で生死の境をさまよいつつ彼が見たもの。人の心の奥底に澱んでいるもの。
それは一体、どんな姿をしていたんでしょう。

それにしても修善寺温泉です。

漱石が「療養のために逗留」した、というぐらいなのだから、かなり涼しい気候を期待していました。
残念ながらそれははずれ。東京と変わらぬ容赦ない陽射しに、汗まみれの散策となりました。
同じ8月とはいっても、漱石の時代にはもっと過ごしやすかったのかもしれないですね。

汗を拭き拭き歩いていたら、芙蓉の花を発見。

芙蓉の花


薄紫色の花びらが炎暑の直射をふんわり受けとめています。
この芙蓉、はたして、朝、白花で開花し次第に紅色に変わる「酔芙蓉」なのかどうか。
夕方まで足を止めてじっと見ているわけにもいかず、確かめることはできませんでした。

翌日立ち寄ったのは、温泉街からすこし離れた「郷土資料館」。
窓口で、岡本綺堂の『修善寺物語』(長倉書店)を販売していました。
定価1000円。いまどき、古本でなければ手に入らないレア本だと思い、迷わず購入。


『修善寺物語』岡本綺堂著


この資料館、修善寺で発掘された縄文期の出土品や古文書などの歴史資料や修善寺を訪れた
文人墨客の遺墨を展示しています。
中でも眼をひいたのは、釈迢空の短歌が揮毫された掛け軸。
「釈迢空(しゃくちょうくう)」というのは、民俗学者・国文学者の折口信夫が、歌などを
発表するときに使用した名前です。

思いもかけず自筆のその掛け軸と対面してびっくり。
そこで読まれていたのはこんな歌でした。

 湯のやまに かねなりいでぬ 範頼も頼家もあわれみし かねの音聞ゆ

万葉調の、調べも美しい歌です。
この地に幽閉され自刃した源範頼。
同じくこの地で北条氏に暗殺された二代将軍頼家。
歴史の深い闇の中に呑みこまれてしまった二人の姿は修善寺という場所に影のように貼り付いて
います。
そして800年の昔、この二人が聞いたであろう鐘の音。
どのようにあわれみ深いものに聞こえたことでしょうか。
夕暮れの山並みに流れ響いていたのは、諸行無常の音色だったのかもしれません。


それでは。
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猛暑日には『十二人の怒れる男』

連日、すさまじい猛暑が続いています。
押し寄せる熱波のひだの中にカミソリでも潜んでいるのではないか、と思わせるような殺気に満ちた猛暑。

暑さにうだるにつけても思い出すのは、この映画です。




殺人容疑の若者を評議する12人の陪審員。全員が有罪に投票して終了、と思いきや、たった一人、無罪を主張する男。
扇風機が壊れて使えない室内には、熱気がたちこめます。
淀んだ熱気は、人をあるいは無気力に、あるいは狂暴に、茹であげていきます。
まったく暑苦しい映画なのに、観終わったときには不思議な爽快感に包まれます。

「議論を支配するために必要な条件」という観点から見ても、この映画から学ぶことはいろいろとあります。
わかりやすいポイントとしては次の3つ。

1.声が大きいこと。
2.思い込み(偏見など)が過剰であること。
3.顔がいかめしくて怖いこと。

したがって、声が大きく思い込みが激しく顔が怖い人は、議論において無敵である。
ということになるかといえば、さにあらず。

4.辛抱強く、冷静であること。
一見、地味なこの要素が、すべてをひっくり返すこともある。
ここに大変な説得力を感じます。

辛抱強く冷静さを失わない態度。
それが、「揺るぎない勇気」、「混じりけのない良心」と結びつけば、奇跡はいつでも起こり得る。
そんな希望を抱かせてくれる映画でした。

この映画、現在の裁判員裁判の制度を考えるうえでも、示唆に富んでいます。
「和を以て貴しとする」のが日本人の美質であるとはいえ、黙って「和」に取り込まれていては
いけない局面もあるのだということ。考えさせられます。
中学校に「映画鑑賞」という授業が取り入れられたら、ぜひ推薦したい一本です。

ただ、いささか疑問を感じる場面もあります。
犯行に使われたナイフ。柄の部分の細工が凝っていて、被告が持っていたものと同じに見えます。
「この凶器の存在こそが決定的な証拠だ!」と騒ぐ相手に、陪審員ヘンリー・フォンダがやおら
懐から取りだしたものは・・・凶器とまったく同じ種類のナイフ。
実は、裁判の前日、犯行現場付近で彼が買い求めたもの。
「こんなものどこでも手に入るんだから、決定的な証拠にはならない」と、鮮やかな反証をしてみせます。

映画全体のひとつの見せ場ではあるんだけど、でもこれはやっぱりまずいでしょう。
法廷に持ち出された証拠以外のものを陪審員が評議の場に持ち出してはいけません。
もちろん裁判員裁判でも許されないことだと思います。

ちなみにぼくの場合、裁判員に選任されることはありません。
「司法書士」というのは、「弁護士」や「弁理士」などと並んで、候補から除外されています。
ごちゃごちゃとうるさいことを言いそうだし、会議の「和」を乱しそうだと思われているんでしょうね。
仕方ないですけど。

ところでこの映画、最近、リメイクされました。
ニキータ・ミハルコフ監督によるロシア映画。
背景にチェチェン紛争があり、ラストにはどんでん返しがあったりして、見応えがあります。
ここでも怒髪天を衝く12人が勢揃い。アメリカ人とロシア人の「アングリー」を見比べるのも一興です。
ロシアの場合、「怒り」がどこか「カラマーゾフ」的だったりします。

俳人の西東三鬼の有名な句があります。

  露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す

ワシコフさんというのは、三鬼のおうちの裏側に住んでいた白系ロシア人。
鼻の赤い、たくましいおじさんだったそうです。
理由はよくわからないけど、庭の柘榴に怒りを爆発させていたんでしょうね。

それでは。

『火垂るの墓』・・・蛍に生まれ変わりたい

きょうは終戦の日です。
テレビでは、玉音放送を聞き、皇居前で崩折れる人たちを映した、当時のフィルムが流されます。
画面の奥から、声を合わせて悲泣する蝉しぐれが聞こえてくるかのようです。
こんな日に、どうしても思い出さないではいられない本。



空襲で母親と死に別れ、ふたりきりで必死で生きる清太、そして4才の節子。
彼女の体力は、日ごとに衰えていきます。栄養失調で、動くことも思うにまかせなくなっていく。
そんな妹を案ずる兄に、節子が言います。

節子はなにを思ったか、手近かの石ころ二つ拾い、「兄ちゃん、どうぞ」「なんや」
「ご飯や、お茶もほしい?」急に元気よく「それからおからたいたんもあげましょうね」


兄思いのやさしい妹ですね。こんなにも小さい子が、こんなにもやさしくなれる。
人間はこんなにもすばらしいのに。すばらしいはずなのに。

池田澄子さんの、よく知られた俳句があります。

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 

そうか、蛍は、じゃんけんに弱い人たちの生まれかわりだったのか。
淡い光りを放つ蛍が、いっそういとおしいものに思えてきます。

だけど、清太と節子の兄妹は、じゃんけんで勝ったとして、「人間」に生まれ変わることを
選ぶんだろうか。ふとそんなことを考えてしまいました。
「生まれ変わったら、私は貝になりたい」とつぶやいて処刑されてしまった床屋さんの話も
思い出します。

あれこれ思うのもこの日ばかりは仕方がありません。
なんといっても、8月15日ですものね。


それでは。

tag : 火垂るの墓

ガサッと落葉すくふやうに

きのう、帰宅して夕刊をめくり、目に飛び込んだ見出しに思わずどきりとしました。

「河野裕子さん死去」

闘病しながら短歌を作り続けていることは承知していたので、いつかはこんな「見出し」
を目にしなければいけないときが来るのだろうかと思い、一方では、きちんと治療をさ
れてまたお元気になるときが来るに違いないとも思い、していた矢先でした。
残念です。

河野裕子さんといえば、なんといってもこの歌です。

「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか」

国語の教科書にも登場し、たくさんの人の共感を誘い続けている歌。
「ガサッと落葉すくふやうに」という比喩の卓抜さがきらりとひかります。

闘病の最中に作られた歌は、どれも胸を突かるものばかり。
そんななかで、とりわけこころ惹かれる歌があります。

「生きるのは大大変(おおたいへん)と屈まればさうさなあとかたばみの花」

クローバーにそっくりの葉を持つかたばみ。どこか淋しげな黄色の五弁花。
とても小さい花だから、屈んですぐそばにまで顔を寄せられたのでしょうね。
その瞬間に、ひとりの人間のたましいと、小さな花のいのちとがひとつに重なる。
「そうさなあ」と応えてくれる草花の声が聞こえたら、心強くも感じることができるのでは
という気もします。そうに違いないと思いたいです。


それでは。

映画『渚にて』・・いまはもう誰もいない海

核戦争後の滅びゆく世界を描いた映画です。



北半球ではすでに人類は死に絶え、しだいに南半球、オーストラリアにも忍び寄ってくる放射能。
生き残った米原子力潜水艦の艦長はグレゴリー・ペック。社交界の華であるエヴァ・ガードナーや、
シニカルな科学者フレッド・アステアといった名優たちが、「希望」という言葉の存在しえない状況
のもと、生きる実感を求め合います。陽光あふれる〝渚〟で戯れる人々の描写が、炎尽きる前の
ロウソクの最後のきらめきを思わせます。

謎の発信音を探索するためにサンフランシスコへと向かう原子力潜水艦。
全体に地味な印象の映画の中で、唯一サスペンスフルな場面です。人皆死に絶えた筈のサンフラ
ンシスコ。そこで生き残り、発信していたのは・・・人類の生への渇望をあざわらうような皮肉な
「落ち」が待ち受けています。

自動車だけが置き去りにされ、人影のない都会。死の灰の手触りまで感じられるような望遠ショット。
このシーンの鮮烈なイメージは、のちの多くの映画に影響を与えたみたい。

最近では、『アイ・アム・レジェンド』で描かれた、廃墟と化したニューヨーク。CGを駆使して、
見事に無人の都会を映像化しています。時代が移ったせいか、人影が絶えたことによる「不安感」
よりも、見渡す限りそこに誰もいないという「開放感」を漂わせて。
原子力空母の甲板から摩天楼に向けてゴルフボールを打ちっ放すウィル・スミスの、爽快なまでの
開き直りが見物でした。

さて、この映画です。
友も妻も恋人も、自分自身すらも、ただひたすらに緩慢な死を待つしかない残された時間。
そのような極限の状況の中、あらゆる「いがみあい」を超越し、おたがいにいたわりあい、愛し合う
人々の姿が、静かに、淡々と描かれます。

伊坂幸太郎の『終末のフール』という小説がこの映画を意識したものであることは間違いないでし
ょう。頭上に迫った隕石の衝突を待ち続ける「わたし」と「あなた」、そして「かれら」。
さまざまな迂路を経て、おたがいの絆を再確認しあいます。

村上春樹の『1Q84』でも、この映画について語られるくだりがあります。
そこでは、ヒロインの「青豆」は、「救いのない暗い映画だ」と感じ、「誰もが心の奥底では世の
終末の到来を待ち受けている」と確信します。かなりユニークな解釈だと思いますね。
「青豆」という女性の心象で再構成すると、そのような映画として立ち現れる、ということなので
しょうか。

さて。
この映画の中で、「ワルチング・マチルダ」という曲が繰り返し流されます。
オーストラリアの国民的唱歌なのだということ。どこか耳になじみのあるメロディです。

ワルチング・マチルダ」というタイトルだけを聞くと、「ワルツを踊るマチルダという名の女性」
を想像します。実際にはぜんぜんそうではありません。
そうではなくて、「放浪者が羊泥棒を働いて、追いつめられて自殺する」というストーリーの歌。
観終わったあとも、この曲が耳について離れません。意識化にこびりついてしまう。

監督は、なぜこの曲にこだわったのか。なにか隠された意図でもあったのか。
ことによると、「放浪者」を「人類」に、「羊泥棒」を「戦争」に置き換えなさい、という謎かけ
だろうか。
などとも思ってしまいました。



  もう誰もゐない地球の秋の暮(小川双々子)

誰ひとりいない秋の黄昏の光景。
きっと神々しいものなんでしょうね。
もちろん、誰ひとり見ることはできないんだけど。

それでは。

tag : 渚にて 終末のフール ワルチング・マチルダ

「親子の縁」を切る方法

100才以上の高齢者に所在不明の方が続出しています。
今後、多方面に問題が波及しそうな気配がただよっていますね。
このニュースを聞いていてふと思うのは、「親子の絆」ということについてです。
所在の知れない方たちにも、それぞれ息子や娘はいただろうに。

「息子と縁を切りたい」

ある日、事務所に来られた老婦人。開口一番、こんな相談を受けました。
いきなりの問いかけにびっくりしたけれど、お話をよく聞いてみて大体の事情が分かりました。
ようするに40才を過ぎた息子さんがいるが、借金生活を繰り返し、債権者が自分のところにまで
「払え」といってくる。
本人は雲隠れしていて連絡もつかない。こんな息子にはほとほと愛想が尽きた。もう顔を見ること
もしたくない。
・・・ということのようです。

江戸時代であれば、「親子の縁を切る」ために奉行所に届け出る、「勘当」というしくみがありま
した。現代の日本では、こういう制度はありません。親子は、どこまでいっても、法律的には
「親子」のまま。

では、この老婦人、息子に対してどのよう手段をとることができるのでしょう。

「縁を切る」ことはできなくても、似たような効果を得られる方法があります。
「相続」という場面で、自分の財産をその子どもに譲り渡さないように、あらかじめ手を打って
しまうという方法です。

ひとつは、家庭裁判所に請求して、その息子の相続資格を失わせるという方法。
「相続人廃除」という制度です。
「廃除」という言葉にはただ事ではない響きがあります。
たしかに、相続人から権利を奪い取る、「ただ事」とはいえない制度であるので、要件も厳格です。
具体的には、母親が息子から「虐待または重大な侮辱、その他著しい非行」を繰り返されているこ
とを裁判所に明らかにする必要があります。

もうひとつの方法として、「遺言」を利用する、というものがあります。
遺言の中で、その息子に対して財産を渡さないことを明記しておけばよいので、ある意味では簡単
に実行できます。ただし、民法で息子にみとめられた遺留分を侵害することはできません。
息子に渡る財産を「制限」することはできても、「ゼロ」にすることはできないということですね。

このような説明をして、納得していただきました。
もちろん、息子の借金を肩代わりする必要はまったくない、ということと合わせて。
でも、説明しているうちに、ぼく自身の中に「納得」いかないものが膨らんでいきました。

40才過ぎて、母親にここまで迷惑をかけ、辛い思いをかけ続ける息子。その人にはその人なりの
弁解はあるのでしょう。やむをえないいきさつもまた。事情はどうあれ、年老いた母親に孝行もで
きずに逃げ回る人生というものを考えると、体の奥深いところからため息がもれ出てしまいます。

「風樹の嘆」という言葉があります。
「孝行のしたい時に親はなし」ということわざと同じ意味。
たとえ樹が静かにしていたいと思っても、物事、ままならないもので、風が吹き止むことはない。
それと同じで、子が親孝行を尽くしたいと思っても、世の中ままならず、親は生きていてはくれ
ないものだ。

風に吹かれて嘆くのが子の定めである、というのは、いかにも情けない話ではないでしょうか。
一方、「風樹の嘆」というこの言葉からは、孝行をしてもらうことのなかった親の嘆きが樹をゆ
らす風となったようにも感じられます。

どちらにしても、こんな風には吹いて欲しくないものです。そのためにも、「親子の絆」という
ものを細らせることのないような心がけが、日々求められているんでしょうね。

それでは。

向田邦子『あ・うん』

向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である」

故・山本夏彦が、こう絶賛したのは有名です。

直木賞を受賞した『思い出トランプ』を読んだとき、なるほど「名人」とはこういう文章を書く人のことをいうのか、と感心した記憶があります。
父の詫び状』(文春文庫)の解説を担当した沢木耕太郎も、こう書いています。

「彼女は決して具体的なものから離れようとしない。」
「確実に自分の知っていること、手でさわれる世界しか書こうとしない。そのストイシズムは、どこか職人の潔癖さと通じている。」

その向田邦子が亡くなって、今年で30年。
思い出トランプ』も『父の詫び状』も、それぞれ手放しがたい本として書棚にあり続けています。

そんな彼女が書いた唯一の長編小説。



いつも金回りのいい門倉と、世知辛い月給取りの水田。ふたりの中年男は信頼の絆でつながりあっています。ややこしいのは、水田の妻・たみ に門倉が抱く思慕を水田が受け入れ、ときに歓迎さえしているようにも振る舞うこと。

たとえば酒に酔った水田。「おれ先に死んだらなあ」と切り出し、「馬鹿言うな」と返す門倉に言います。

「まあ聞けよ。おれが死んだら頼むぞ」
ちらりとたみを見て繰返した。
「たのむぞ」

万一の場合、「妻と再婚してくれ」と頼む水田。それを受け入れる門田。
まさに「あ・うんの呼吸」です。

いつの世も、三角関係からはドラマがはじまります。
でもこの物語の三人の織りなすのは、なんとも不思議な幾何学図形。三角形であるような「円」であるような。「角」があるような、ないような。いささか奇妙なものにも思われるこの関係にリアリティを添えるのは、まさに、沢木耕太郎がいう、「具体的なものから離れようとしない」描写であり、「職人の潔癖さ」です。

たとえば、家に訪れた門倉をたみが出迎える場面。

たみは門倉の靴を揃えた。夫よりひと廻り大きいコードバンの新品である。新しい皮は、若いけものの匂いがする。

さりげない動作ひとつ。具体的であると同時に映像的でもあります。
さらには、「若いけものの匂い」という表現にある、門倉という男に向けるたみの心情の機微。
巧みというほか、ありません。

また、たみが娘と食事をする場面。

「お前、いい音がするね」
沢庵のことである。
「お母さんだって、音するじゃない」
「音が違うんだよ。女は子供うむと歯が駄目になるから。お前、若いんだねえ」

歯がダメになる・・・なるほど、そうだったんですか。
女性はさまざまに大変なんだなあと思い知らされます。

向田邦子と昭和の東京』(川本三郎著・新潮新書)を読むと、「阿修羅のごとく」や「蛇蝎のごとく」といった向田作品でも、沢庵の音が効果的に使われていることがわかります。沢庵といっても、スーパーの出来合いではありません。床下の大樽に糠と塩で漬けた大根・・・なんだか子供のころのこと、思い出してしまいます。「沢庵」が、日常の食卓に欠かせなかった時代。遠い昔にはそんな時代もたしかにあったのでした。

「時代」といえば、この物語では、時代背景も、ストーリーと響き合っています。
彼ら市井の人間たちが営む哀歓こもごもの生活。その一方で、中国大陸での情勢は悪化し、廬溝橋事件が起こり、若者は徴兵されていく。そんな描写がさりげなく挟み込まれます。誰も彼もを否応なく巻き込む暗黒の竜巻は、もう目の前。「声高に」ということをしないこの物語の背後にひそむ「跫音」を聞き漏らしてはいけないんでしょうね。

こんな俳句があることを思い出します。
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」(渡邊白泉

それでは。

tag : あ・うん 向田邦子 思い出トランプ 父の詫び状 向田邦子と昭和の東京 川本三郎 沢木耕太郎 渡邊白泉

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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