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遺族が負うべき責任とは

「『貸室で自殺』遺族に高額請求-家主ら『借り手なく賠償を』」

今朝の読売新聞に掲載された記事の見出しです。

「自殺のあった賃貸物件は借り手がつかなくなり、家賃も大幅に下がるため、損害賠償の対象になる。しかし、最近、遺族の混乱やショックにつけ込み、家主らが過大な請求をするケースが少なくない」

とのこと。
これは、ずいぶんと重い問題ですね。
かけがえのない家族を亡くし、気持ちを整理するいとまもないうちに、賠償請求の追い打ちをかけられる。
遺族の心に空いた穴は、「損害賠償」という錐に容赦なく広げられていきます。

このようなケースで、家主サイドはしばしばこう言います。
「迷惑をかけたんだから、親(家族)が払うのは当たり前だ。」

果たして、ほんとうに「当たり前」なのでしょうか。

じつは、かなり以前、ぼくも同じ相談を受けたことがあります。
その方の場合、100万円ほどの賠償を請求されていました。
この請求に遺族は応じなければならないのかどうか。応じるのが「当たり前」なのか。

このことを考えるとき、「当たり前」という言葉の内容を、いったん、法律的に
構成しなおしてみることが大切です。

自殺したことにより生じた損害(改装費、家賃補償、慰謝料)は、自殺者の債務であり、
それは、マイナスの遺産(相続債務)ということになります。
これを引き継ぐ(相続する)かどうかは、相続人の裁量に委ねられる、というのが民法の規定です。

相続人が「引き継ぐ」ことを選択しない場合、家庭裁判所に「相続放棄」という手続を申し出ること
ができます。
ただ、「相続人であることを知ったときから、3ヶ月以内」にしなければならない点、注意が必要で
す(民法915条1項)。

相談者の場合、身内が自殺されてから、すでに6ヶ月経過していました。
この場合、もはや「相続放棄」をすることはできないのでしょうか。

あきらめるのは早計です。
たとえば被相続人の債務を知らないことにつき、相続人に相当の理由があるという場合にまで、
「3ヶ月」という期間を杓子定規に適用するのは、いかにも「酷」である、ということを、裁判所で
認めてもらえる余地があるからです。

相談者が家主から請求を受けてから、まだ3ヶ月は経過していませんでした。
そこで、すぐに家庭裁判所に事情を言って、「相続放棄」を申し出るように勧めました。

仮にそれでも「相続放棄」が認められなかった場合。
そのときには、賠償請求額の妥当性について、粘り強く交渉していき、話にならないようであれば
裁判所の判断に委ねる、というところまでを覚悟する必要があります。

また、「相続放棄」をした場合、マイナスの財産のみならず、プラスの財産も放棄することになります。したがって、不動産などの資産がある場合には、どのような選択をするか、慎重に判断しなければなりません。

相談者には概ね、このようなことを説明しました。
でも、大事な家族を喪い、眸にも光がとぼしく思える相談者に、感情にはいっさい流されず、淡々とこういう説明をしなければいけないというのは、とてもむずかしいことでした。

この問題の難しさは、いっぽうでは「家主の事情」というものが存在することにあります。
中には、家賃収入を唯一の生計の頼りとしている家主だっているでしょう。
そういう人にとっては、この事態による収入減は、死活問題です。
そこまで深刻ではない場合であっても、家主サイドの「経済的損失」がなんら顧慮されない、ということであれば、そこにはやっぱり不合理な面がある、といわざるをえません。

切羽詰まった果てに選ばれなければならなかった一人の人の「自死」。
その先で待っているのが、「損害賠償」という名の経済的対価である、ということには、やりきれないものがあります。
遺族にとっても、自死された方にとっても。

冒頭の新聞記事によれば、こういったトラブルを防止するための立法に向けた署名運動も進められているとのこと。なにかしら、前向きな議論がなされていくことは大切なんだろうと思います。

それでは。

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コスモス咲く庭『夏の庭』

けさのテレビで見た『NHK俳句』。
投稿句の兼題が「コスモス」でした。
そういえば、真夏日が終わったと思ったら、一気にそんな季節なんですね。

たくさんの園芸品種がある花だけど、ぼくのイメージの中のコスモスは、
いつでも川堤で咲き乱れています。青空駐車場で風になびいていたりします。
「野に咲けば野の花らしく秋桜」
NHK番組で紹介された投稿句のなかで、特選作よりも、この作品に心ひかれました。

コスモスというと思い出すのがこの小説です。



ひょんなことから一人暮らしの老人と仲良しになった少年たち。
老人の住む家の手入れを手伝い、荒れ果てた庭の草をむしります。
自分たちだけの秘密基地作り。その仕上げは庭に花を咲かせること。
彼らが蒔くことを選んだのが「コスモス」の種です。

老人と出会い、その死に立ち会う。
少年たちの長い人生からみれば、稲光する間のような体験です。
なのに夏が終わったとき、少年は、もはやもとのままの少年ではありません。
少年ではなくなる、ということは、晴れがましいようでもあり、同時に
どこかうらがなしいものでもあります。
コスモスの漂わせるたたずまいがそうであるように。

この小説は、映画化されています。
監督は相米慎二。『台風クラブ』という映画では、もはや少年ではなくなってしまったのに、
「大人」へと足を踏み出すことをためらい、厭(いと)う高校生たちが描かれていました。

さて、映画『夏の庭』です。
老人役に名優三國連太郎を配したせいか、小説とは、かなり違う味わいの作品でした。

たとえば老人の名前。
小説では、この老人、終止、名前がありません。ただ「おじいさん」と呼ばれるだけ。
固有名詞は出さなくても、物語を読み進めるうちに、このおじいさんの人生が、
次第にくきやかになってきます。
ただ「偏屈」とだけ思っていたおじいさんにも「名前」はある。
「雑草という名前の草はない」という昭和天皇のお言葉も思い出されます。

映画では、老人に「名前」が与えられます。
与えられた名前から、おじいさんの人生の哀歓がすっくと起ち上がり、
小説では語られなかったテーマが描かれます。

この映画でいちばん嬉しかったのが、「夏の庭」に咲き乱れる「コスモス」の光景。
庭の中に置かれた「井戸」も上手に使って、ラストの映像はとても印象的でした。
コスモスの咲き乱れる庭、というものに一度は住んでみたいなあ、などと思ってしまいます。

先月亡くなられた歌人の河野裕子さんに、こんな歌があります。

  コスモスの花が明るく咲きめぐり私が居らねば誰も居ぬ家

この歌を受けて作られたものかどうか、裕子さんの娘の永田紅さんは、こう詠んでいます。
 
  コスモスのほそく群れさく陽のなかでこの世のふしぎな時間と言えり

誰もいなくなった家に群生するコスモス。
「ふしぎな時間」という表現が、ぴったりです。

それでは。

『小暮写眞館』

宮部みゆきの書き下ろした、700ページを越える新作。分厚くて重いです。



舞台は、昭和レトロといったたたずまいを残す写真館。
ここに移り住むことになった一家は、四人家族です。
両親と高校生の長男、英一君。それに小学生の、「ピカちゃん」こと、光くん。

じつはもうひとり、4才で死んでしまった風子という妹がいます。
「いました」というべきなんだけど、彼女は家族ひとりひとりの心の奥深いところに、
いまでもいつも一緒に「います」。

さて、物語は、英一君が思わぬ「心霊写真」を手にするところからはじまります。
分厚い本の前半では、おもに2枚の不思議な写真の謎を、英一君が弟の「ピカちゃん」や
親友たちとともに解き明かしてゆきます。

都会の喧噪にまぎれてしまった、たったひとりの人間を追い求め、探し訪ねてゆく。
初期の傑作『火車』以来、最近作の『楽園』でもおなじみ、宮部みゆきのお家芸です。

ただこの物語では、探偵役は一介の高校生。
刑事でもなく、捜査権限もありません。

高校生が人捜しをする。そんなことが実際にできるのか。
ひとつ間違えば「そんな無茶な」になりかねません。
なのに、ほとんど違和感を感じさせずに読めてしまう。
「さすがに宮部みゆき」という感じがします。

心霊写真の謎解きにも、彼女らしさがあふれています。
人智で計れない不可思議な現象と、人はどう向き合うのか。
彼女は書きます。

人は誰でも写真という記録媒体に「霊」が写ることもあると信じたいのだ。

「信じたい」と思い、「信じてしまう」心情。誰でもが持つ「思考停止スイッチ」。

このスイッチが日常の中で死後の世界の実在を信じることと、深いところでつながっている。
死がイコール無ではないことへの信頼。いや、期待といった方がよいか。


宮部ワールドでは、現実と非現実とのあいだに、こうやって橋が渡されていきます。

さて、英一君の親友には、店子力、通称「テンコ」君という同級生がいます。
頭がよくて、もてもてで、どこか浮世離れしたキャラクター。
重く流れそうになるストーリーに明るさを添えます。
と同時に、英一君の選択や決断を、さりげなく側面から支える役割を担います。

でも、ほんとうにそれだけなのか。
「テンコ」君とはそもそも何者なのか。
読み進むにつれて、ひとつ思い浮かんだことがあります。

いつも心の中心にしこりを抱え続けている英一君。
英一君を、表面から見えないところで頑なにしてしまっている「しこり」。
その英一君にとって、「テンコ」君は「分身」ともいえる存在だったのでは。

ピカちゃんにとっての、もうひとりの「兄」。
心に「しこり」さえなければ、本来の彼がそうなっていたにちがいない、もうひとりの「彼」。
それが「テンコ」君という存在ではなかったのだろうか。

そう考えると、一気に書き下ろした、というこの長編小説、物語の骨格が意外なほどにきちっと
していることに驚きます。

後半は、英一君が出会った、陰のある年上の女性との、淡い淡い恋のてんまつにお話が移っていきます。
菜の花畑に囲まれた「小湊鉄道」のイメージが、とても効果的にラストを引き締め、
読後感は思いのほか、爽やかです。
分厚くて重い本との別れ際、すこしだけ後ろ髪をひかれました。



それでは。

真夏日記録更新!

「東京の真夏日 最多71日」

きょうの夕刊の見出しです。見るだけで暑苦しいですね。
最も時期の遅い真夏日、なんだそうです。
ともあれ、きょうでおさまるみたいでなによりだけど。

バス停で、ベビーカーの中、ひたすらに泣く赤ちゃんを見かけました。
泣きたくなる気持ち、わかります。
深く深く共鳴してしまいました。

その赤ちゃん、泣きながら、ぷっくりした両手でしきりに目をこすり、
涙を拭うしぐさをしています。
あれ?と思いました。
赤ちゃんって、こういうふうに泣いたっけ?

記憶をさぐってみました。
うちの子の場合、むずかるとき、泣きわめくときは、ただひたすらにむずかり、
泣きわめいていたように思います。
両手で涙を拭いつつ泣く、などという風情は、見せたこと、なかったんじゃないかな。

まあ、人はそれぞれ、赤ちゃんもいろいろ、です。

東京の平均気温は、100年で2度以上、上昇しているとのこと。
100年前といえば1910年。
蚊帳があり、風鈴が鳴り、蛍が光り、いまよりも涼しい夏がありました。
などと、ただノーテンキに言っていいものかどうか。
なんといってもクーラーがない時代だったことを思わないわけにはいきません。
暑熱のこびりつく風のない夜、庶民の生活は、やっぱり苛酷なものだったでしょうね。
とくに、病気の人、お年寄り、それと赤ちゃんにとっては。

竹下しずの女、という俳人がいます。1910年といえば、23才。
この人の詠んだ、とても印象の強い句があります。

 短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎

「須可捨焉乎」は、「すてつちまおか」と読みます。

女子師範学校を出て、共働きでこどもを育てた彼女。
彼女の赤ちゃんは、泣くときに両手で涙をぬぐう仕草をしてみせることもあったのかどうか。
いまとなっては、竹下しずの女だけが知っています。

どちらにしても、むずかる赤ちゃんをもてあまし、思わず「捨てちゃおうか」などとぼやきながら、
彼女は立派にこどもを育て上げました。

いっぽう、いまやクーラー完備の時代。
この夏、幼児二人を置き去りにして死に至らしめてしまった母親が逮捕されました。

まあ、赤ちゃんはそれぞれ、母親もいろいろ、です。

それでは。

『孤独について』中島義道著

『うるさい日本の私』というエッセイがあります。痛快というか壮絶とういうか、
よくわからないパワーにあふれた本。

その著者、中島義道さんによる、ちょっと気になるタイトルの著書がこれ。





ただ、このタイトルから、「孤独に悩む自分をやさしく、あるいは力強くはげまして
くれる に違いない」などと期待して読むと、多いにあてが外れることになります。

孤独から逃れるのではなく、孤独を選べ。
孤独を嘆くのではなく、孤独を楽しめ。

このように言い切る著者が語る、印象的なエピソードがあります。

子供のころ、教師が眼の前にアイスクリームの束を置いてくれます。
他の生徒たちは、喜んでワアーッと群がる。
でも、著者だけはひとり立ち竦んでしまう。
「子供らしくない」とわかっている。
わかっているのに、そう考えれば考えるほど「金縛り」になる・・ 。

強烈なまでの自意識の自縛。
ふと太宰治の少年時代を思わせる話だけれど、本書で著者はその太宰を指して
「単純な精神」と切って捨てます。
たしかに、太宰につきまとう甘さや弱さは、この著者からは感じられません。
といって、この人が「辛くて強い」というわけでもないんだろうけど。

著者は言います。
自分のように生まれついた人間は、心して孤独を目指すべきだ、と。
「独り」を好むことに「人間的欠陥」があるというわけではない。
だから豊かな人生を送ることだってできる。
ただ、それには「相応の努力」、のっぴきならない覚悟がいるのだ。
そう言って、鋭く刃を突きつけます。
他人から排斥されたがゆえに孤独である「受動的孤独者」から、みずから選んだ
がゆえに孤独である「能動的孤独者」へ力強くシフトしなければならないのだ、と。

そして、すべてが行き着くところ。
孤独を磨きあげ、「死」だけを見えるようにすること。
自分の不幸を徹底的に、骨の髄まで実感すること。

哲学者である著者ならではの、いっさいの妥協を拒絶するきびしい姿勢に、
たじたじとなります。
この本、文章はとても読みやすいけれど、読後感はかなり複雑です。
ぼくにはまだなんの「覚悟」も「準備」もできてはいないことを思い知らされる
一冊でした。

それでは。

『黄金虫』は金持ちか?

家の近くに気持ちのよい公園があります。
そこにある池の周辺に群がり咲いている花。
ルピナスでしょうか。

早朝、通りかかったら、この花のあちこちにびっしりと虫がしがみついています。
よくよく近づいて見てみると・・

コガネムシでした。

黄金虫


コガネムシなんて間近に見たのは子供の頃以来。
ちょっとびっくりしてしばし観察してみると・・
元気よくむしゃむしゃと、花穂を食べまくっています。
すごい食欲。これでは、「害虫」と言われてもしかたないですね。
もっとも、ほんとうに「害」をなすのは幼虫のようなんだけど。

コガネムシ。漢字で書くと「黄金虫」。

黄金虫」といえば、エドガー・アラン・ポーの短編を思い出します。



暗号ミステリーとして有名なこの作品。
なつかしくなって、読み直してみました。
一匹の黄金虫に導かれ、海賊が埋蔵した財宝にたどりつくまでの冒険奇譚で、
暗号解読のプロセスもスリリング。
昨年、新訳されたばかりで、ポー特有の「華麗で擬古的」と言われる文体が
現代的にアレンジされ、とても読みやすくなっています。

ただ、現代的すぎて、ときにとまどってしまうことも。
たとえば、

「木登りに伴うリスクはじっさいのところ回避された」

などと訳された箇所。

「リスク」という言葉を文章に混ぜることには、ちと違和感が残りました。
この辺は、読む人さまざま感想の別れるところでしょうね。

「木登りに伴うリスク」は回避しつつ、ともかくも樹上高くにたどり着くと、
そこには白く風化した髑髏が待っています。
髑髏にうがたれたふたつの虚ろな眼(まなこ)。
その穴の向こうの深い闇へと投げ落とされる黄金虫・・・。
財宝発見のクライマックスに用いられる「黄金虫」の輝きが印象的です。

コガネムシは、また「金亀子」とも書きます。
そういえば、高浜虚子の俳句にもありました。

  金亀子 擲(なげう)つ闇の深さかな

もちろん、財宝発掘のヒントを得るためになげうったわけではないんでしょうけど。

それでは。

tag : 黄金虫

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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