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その後の「最後の一葉」

先週のブログで書いた、最後に一枚残った葉っぱ。
クリスマスを過ぎてもまだそのままでがんばっていました。
でも、今朝、通りがかったら・・・

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前回のブログでは、あの葉っぱが、自分の意志で、タイミングをはかって、枝を離れることができたらいいな、と思って書きました。
でも、枝を離れるというのは、とりもなおさず「死ぬ」ということ。
そのことを知り、仲間たちがみな落ちていくのを見て、「ぼくは死ぬのがこわい」と怯える葉っぱがいました。
「フレディー」という葉っぱです。



親友であり、賢者のようでもある葉っぱ仲間のダニエル。
彼から、フレディーは教わります。
じぶんが、じつは「いのち」の一部であることを。
とても大きくて強くて、永遠につづいていく「いのち」。

枝から落ちる途中、フレディーは、自分が生まれ育った木の「まるごと」の姿をはじめて見ます。
そして、「いのち」の一部であったじぶんを誇らしく思う。

自分を誇らしく思える瞬間というのは、そう滅多には訪れません。
日常の中では、逆に、砂を噛み、泥にまみれるような思いをすることもあります。
でも、フレディーみたいに、最後の最後に「じぶんを誇らしく思える」ことができたらいいですよね。

先週、画像に撮り、いまは舞い落ちてしまった、あの「最後の一葉」。
せめて名前ぐらいつけてあげればよかった。
あたりを見廻してみたけれど、どこに落ちていったのかはわかりません。


それでは。




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子規逝くや十七日の月明に

きのう、正岡子規のことについてすこし触れました。
ちょうど先日、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』では、「子規逝く」の回が放映されています。
結核菌により脊椎カリエスを患い、凄絶な痛みを苦しみ抜いた。
そのことを知ってはいても、いざ映像で見ると、やっぱり・・言葉を失います。

放映の数日後、上野近くの「子規庵」に寄ってきました。
空襲で焼失したものが戦後、復元・再建された建物です。

siki2.jpg

正面から見ると・・

siki1.jpg

子規が仰臥していた八畳の和室。硝子戸越しに、糸瓜(へちま)が垂れ下がっていました。
びっくりするぐらい大きい糸瓜。

子規の絶唱3句のうちのひとつに、 「 痰一斗糸瓜の水も間にあはず 」 があります。
咳止めに効用があるといわれる糸瓜の水。
こんなに近く、目の前にあっても間に合わないほどに激しい咳だったのか、と思います。

この辞世の句を書き記す場面は、ドラマの中でも描かれました。

板に貼り付けた画板に、仰臥したまま墨をつけた筆で書く子規。
  「糸瓜咲て痰のつまりし」
と、いうところまで書き、一瞬とまります。
次に何が、と固唾を飲む周囲。
子規が選んだ結句は・・・「仏かな」。

  糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

すでに遊離した魂が天井あたりに漂い、仏となった自らの屍(かばね)を見おろしています。
写生こそが俳句の基本、と生涯言い続けた子規の、究極の「写生」。

子規庵の庭に出ると、この辞世3句を記した碑を見ることができました。
碑に刻まれた文字を見ていると、最後の力を振り絞る子規の有り様が浮かんできます。
和紙に筆で文字を「刻みつける」、その姿が見えてきます。

NHKドラマの中で、逝去を見届けた高浜虚子が諸方連絡のため家を飛び出す場面。
原作ではこんなふうに書かれています。

そとに出ると、十七夜の月が、子規の生前も死後もかわりなくかがやいている。

十七日の月というのは、別名、「立待月(たちまちづき)」。
立って待っているとやがてほどなく昇ってくる、という月です。

その板塀のあかるさのなかを、何物かが動いて流れてゆくような気が、一瞬した。
子規居士の霊だと、虚子はおもった。霊がいま空中へあがりつつあるのであろう。
  子規逝くや十七日の月明に
と、虚子が口ずさんだのは、このときであった。
 

ドラマ放映でも、ほぼこのとおりに描かれました。
情感溢れる描写ですね。

一方、『日本文壇史6』(伊藤整:著)では、その最後の場面を、このように書いています。



八重子は、「サア、も一遍痛いというてお見」と言って、眼からぽたぽたと涙をこぼした。
身体を清めてやろうとすると、子規の腰から背中にかけて蛆が這いまわっていた。


淡々と事実のみが書き連ねられています。
子規だったら、やっぱりこう書いていたのでは。

その和室を再現した「子規庵」の八畳からガラス戸越しに庭を眺め渡すと・・
冬なので、花はほとんど見ることができません。
「 鶏頭の十四五本もありぬべし 」 と詠まれた鶏頭。
その鶏頭が、片隅で勢いを失っています。
石蕗(つわぶき)も、もう花は散っていました。

マンリョウの実の赤と、ムラサキシキブの紫だけが元気そうに見えました。
しばらく眺めていたら・・
ムラサキシキブの向こう側に見える枝に、小鳥が二羽、遊びに来ています。
色はきれいな黄緑色。
たぶん、メジロではないか、と思います。

しばらく眼を楽しませてくれたあと、人の気配に驚いて飛んで行ってしまいました。

病床の子規も、眼を楽しませるに、庭に「追込籠」という大きな鳥籠を置いて、そこで遊ぶ小鳥たちを眺めていたようです。
病床日録として書かれた『仰臥漫録』の中に、こんな記述が見えます。

十月三日 晴
庭前の追込籠にはカナリヤ六羽(雄四雌二)きんぱら二羽(雄)
きんか鳥二羽(雄雌)ジャガタラ雀一羽(雌)合わせて十一羽 
カナリヤ善く鳴く


キンパラは、スズメ目の小鳥で、色は赤褐色。
きんか鳥というのはオーストラリアの原産の鳥で、子規のころから輸入されていたようです。
色取り取りで、にぎやかそうな鳥籠ですね。

病床から動くことができなかった子規。
彼にとってガラス戸越しに見える庭が全宇宙であり、それはまた、彼だけの小宇宙でした。
眼に映るものすべてをひとつも余さずに楽しみ尽くす。
そのことのすごさ、すさまじさが、実感として迫ってくるような気がしました。

それでは。

風吹けば、桶屋は儲かるか

都心のオフィス街を歩いていたら、一瞬の突風で目に埃が入りました。
ビル風が気まぐれに舞っている場所。
「風が吹けば桶屋が儲かる」 というフレーズが頭に浮かびます。

このことわざ、なかなか興味深いですね。
大風で土ぼこりが立つことを原因として猫が減ったりネズミが増えたり。
結果としては「桶屋が繁盛する」。
そんな因果関係がありうるものなのか。
無茶なこじつけの連続なのに、可能性がゼロともいえないのでは、と思えてしまうのが不思議です。

「因果関係の範囲」を明確にすることは、法律の世界ではとても重要です。
たとえばある人の行為と発生した結果とのあいだに因果の関係があるかないか。
このことが、「損害の賠償」を負うかどうかの分かれ目になったりします。

また、たとえば「脳に疾患があることを知らずに頭をポカリと叩いたら、相手が死亡してしまった」というケースを考えてみたとき・・・
叩いた人が、「暴行」または「傷害」という事実に対して責任を問われるのは当然でしょう。
でも、相手の「死」に対しても「刑事責任」を負わなければいけないのかどうか。
けっこう深刻な問題です。

「風が吹けば~」の論理だと、ずいぶん責任の範囲が拡がってしまいますね。
でもこれが妥当性を欠いていることは、つむじ風の舞うビル街に「繁盛している桶屋」がひとつも見当たらないことをみてもあきらかです。

そこで、刑事責任を考える場合には、因果関係の範囲を絞ります。
簡単に言えば、普通の人にとって、その結果の発生が「相当」なものだと認められる場合に、因果関係を認める、という考え方。
これを名づけて、 「相当因果関係」 と呼びます。
ひねりもなにもない、そのまんまのネーミングです。
法律用語では、こういうことに無駄な「ひねり」を加えません。

ともかく、法律がこのように適用されることで、ぼくたちは、「結果を予想できない」責任を問われることを免れます。
安心して市民生活を営める、ということになります。

話は変わるけど、正岡子規に、有名な句があります。

 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

法隆寺の茶店で柿を食べていると、思いがけず、「ごおん」と鐘が鳴り響いた。
その鐘の響きが、秋をまたいちだんと深めていく・・というような風情ですね。

でも、この句、表面的にはこんな解釈もできそうです。

柿を食べた。そのことを「原因」として法隆寺の鐘が鳴る、という「結果」が生じた。
逆にいえば、子規が柿を食べなければ、法隆寺の鐘は鳴らなかった。

そんなばかな、と言われてしまいそうです。
でも、ひょっとしたらそういうこともありうるのでは・・
子規が柿を手にし、口に運ぶのを、じりじりとして待ちかまえている法隆寺の鐘。
想像すると、楽しくなります。

こういう因果関係は、なんと名づけたらいいだろう。
「空想因果関係」 なんてどうでしょうか。
そのネーミングのどこに「ひねり」があるのかと言われてしまいそうですね。

それでは。

最後の一葉

きのう、一枚だけ落ちないでいる葉っぱを見かけました。

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枝を離れるまで、まだ「落葉」ではありません。
重力に身を委ねるまで、まだ「枯葉」でもありません。
ひとり残った梢の先から、なにを思って地を見おろしているんでしょうか。

O・へンリに、 『最後の一葉』 という有名な短編がありますね。



重い病気を患い、生死の境にいる娘。
「最後の一葉が落ちたら、私も死ぬわ」 と、弱気です。
一方、同じアパートに住む、画家の成れの果てのような老人。
娘の言葉を知り、彼は、 「そんな馬鹿な話があるか」 と怒り出します。

そして、訪れる、激しい風雨。
一夜が過ぎ、翌朝、窓のブラインドを上げると・・
葉はまだそこにありました。
娘は生きる力を取り戻します。
ところが、その葉は、壁に描かれた「絵」なのでした。
老画家の手になる、生涯、ただ一つの傑作といえる「写実絵画」。
娘はそのことを知りません。
そして、絵を仕上げるために風雨にさらされた老人は、肺炎となってその二日後に・・

山本周五郎が、長屋物の短編で書いてもおかしくないようなお話ですね。

枝に残った「最後の一葉」。
大切な命をそこに託するのは、たしかに「馬鹿げたこと」です。
でも、老画家は、「馬鹿げたこと」に輪をかけて「馬鹿げたこと」に命を燃焼させました。
善なる目的を遂げるため、「馬鹿げたこと」に身を捧げる。
そうさせるだけのものが、「最後の一葉」にはありました。

地上を見おろす「最後の一葉」は、タイミングを考えているように思えます。
生命の最後の力を振り絞るタイミング。
時流に乗ることをいさぎよしとせず、右顧左眄することなく、みずからの力を信じてダイブする。
その「思い」は、枝を降り、幹を通り、根っこを経て地面を流れ、地上から見上げる人間にも伝わります。

老画家は、ひょっとしたら「当世風」の絵を描くことができなかったのかもしれないですね。
仲間に同調し、時流に身を委ねることをしないのは、たぶん、「馬鹿げたこと」です。
でも、その「馬鹿げたこと」を、どうすれば「かけがえのないこと」に転ずることができるのか。
その答えを、彼はついに見つけることができたのでは。

今年もあとわずかで終わろうとしています。
顧みて、来年に決断を持ち越していることもいくつか。
ぼくも、どこかでタイミングを見切らないといけないのだろうなと思いました。
春にまた、新緑を芽吹かせるためにも。

それでは。

クリスマスの思い出

今年もクリスマスが近づいてきました。
「クリスマスの思い出」を語れ、と言われたら止まらなくなる人も多いのでは。

ぼく自身の「思い出」は、たとえばこんな話です。

クリスマスイブの夜のこと。
家に帰って、9才の息子に話しかけました。
「さっき、駅前でサンタクロースのおじさんを見かけたよ。」

まだこの子はサンタを信じているのだろうか。
信じていてくれるとうれしいな。
そんな期待が、どこかにあったと思います。
ところが、意表を突く息子の返事。

「そのサンタはね。ニ・セ・モ・ノ。わかった?にせ物だよっ」

大人なのにそんなことも知らないのか、というふうに言われてしまいました。

そうか。
この子もついに、サンタクロースは実在しない、という認識に至ってしまったのか。
・・と、一瞬、かなしい思いに。

でも・・どうも様子が違う。
彼の目のきらめきは、まったく逆のことを物語っています。
じつは、彼が言わんとするポイントは、別のところにありました。
要約すると、こんな感じです。

サンタには、今夜、お仕事がたくさんある。
トナカイが曳く橇に乗って、子どもたちの家にプレゼントを届けないといけない。
口でいうのは簡単だけど、これはけっこう大変。
いまごろは夜空でてんてこまいになっているにちがいない。
その同じ時刻に、駅前で愛嬌を振りまき、ケーキの宣伝をする。
人助けであれアルバイトであれ、そんなことをしているヒマのあるはずがない。
本物のサンタにそんな余裕はない。
よって、駅前サンタは「にせ物」である。

・・・わが子ながら、なんという論理的な推論。

そうだよね。たしかにあのサンタは「にせ物」です。
認めます。君の判断はまったく正しい。

子どもはいつまでサンタを信じていることができるのか。
信じない子どもは、いつ、どの「瞬間」から信じなくなってしまうのか。
簡単には語れないものがありますね。
ただ、クリスマスイブの駅前サンタを「にせ物」と喝破する、その目のきらめきがいつしか消えてしまうのは、とても残念なことだなあと思います。

今朝の読売新聞に、『あしながサンタ行進』という見出記事がありました。
神戸市中央区の繁華街で、市民らがサンタの衣裳を着てパレードをするチャリティーイベントがあった、とのこと。150人ほどのサンタが「通りを真っ赤に染めながら」行進する写真が掲載されています。

実はこの中に、本物のサンタが一人だけ混ざっていました。

さて、あなたは信じますか?

それでは。

信州上田『無言館』に行ってきました。

信州上田にある『無言館』に行って来ました。
戦没画学生の遺作が展示された美術館です。
新幹線上田駅から上田電鉄別所線に乗り換えて、「塩田平」という駅で下車。
シャトルバスに乗せてもらって、10分足らずで到着しました。
東京から2時間と少し。
じゅうぶん、日帰りできる距離です。

バス停から見渡すと、ちょうど紅葉が盛り。
さっそく東京から持ち込んだ空気を吐きだし、信州の澄んだ空気を思い切り吸収しました。

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丘をすこし登ります。
道端にはムラサキツメクサが咲いています。

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やがて木の間隠れに、建物が見えてきました。

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さらに近づいて見ると・・

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あえて余計な装飾を拒んでいる、僧院のようなコンクリートの建物。
中に入ると、こころもち空気がひんやりしています。

展示室は十字架型に設計されていて、荘厳といっていいような雰囲気も漂います。
そのコンクリートの内壁に、画学生たちの遺作が展示されていました。

絵の多くに剥落があります。
なかには、戦後50年近く、画布を丸めたまま納戸に置かれていた絵もあるとのこと。
展示に際しては、ずいぶんと修復の努力がされいるはずです。
それでも、その保存状態は、一枚一枚の絵がたどってきた来歴を、問わず語りに物語っているように思えます。

暗い色彩で覆われた風景画があります。
思い詰めたようなまなざしの自画像があります。
家族との団らんを描いた絵があります。
花模様の浴衣を着た妹が横顔を見せる日本画があります。
出征の間際、最後の時間に描きあげた、恋人の裸婦像があります。
そして、妻の肖像画があります。
悲しみや不安をこらえて懸命に微笑もうとしているようにも見える妻。

観ていると、『無言館』という名称の持つ重みがのしかかってきます。
どの絵にも厚く深く込められた、画学生たちの思い。
愛する人たちやふるさとの山河が「永久(とこしえ)」であることへの願い。

作品には、画学生たちの戦没地が添えられています。

レイテ島。
ルソン島。
ガダルカナル島。

いずれも、教科書などにより、激戦地として教わる島の名前です。

一方、ほとんど、なじみのない場所の名前もあります。

マーシャル諸島ブラウン島。
中支湖北省宣昌。
マレー半島ジョホール州バクリ。
ビルマ・ペグー省ウオン。
・・・

普通の人が生きる普通の人生にとっては、たぶん、まったく縁のない場所の数々。
みんなみんな、地球儀の中に存在するそういうところまで、歩兵銃ひとつ持たされて出征していったんですね。
扱い慣れていた絵筆とはちがい、歩兵銃を分解整備したりすることには、ずいぶん苦労したのではと思います。

『無言館』に展示されている画学生たちの人生は、無惨に断ち切られました。
でももし断ち切られることなく、彼らがその人生をまっとうしていたとしたら・・

展示されている絵画を触媒として、突然、あるイメージが脳内になだれこんできます。
彼らのその後の人生の中で描かれるはずだった作品群のイメージ。
どんどん進化・成長・変容を繰り返して描かれるたくさんの絵画。

その力作の数々が展示されている美術館が、ほのかに浮かび上がって見えてきます。
そんな「パラレルワールド」がどこかにきっとあるはず・・・。

「文章」は「言葉」によって訴えかけてきます。
でも「絵画」は、その前に立ち、黙って向かい合うだけ。
それだけなのに、「無言」のメッセージを一気に伝達し、あり得べき「未来」をも幻視させてしまう。
不思議です。

帰り道、丘を下っていく途中、あちこちにいる赤とんぼに気づきました。
追いかけると、すいすい逃げていきます。
行きたいところまで飛んで行けるといいんだけど。
行きたくないところには行かなくてもいいから。

それでは。

「忘れても、しあわせ」~認知症を描く映画『折り梅』のこと

映画 『折り梅』 を観ました。
監督は、先日鑑賞した『レオニー』と同じ、松井久子さん。
原作は、小菅もと子さんという方の介護手記(『忘れても、しあわせ』)です。



アルツハイマーの症状を見せ始めた義理の母(吉行和子)。
焦り苛立つ彼女に、家族は戸惑い、振り回されます。
とりわけ、なにかと矢面に立つ嫁(原田美枝子)の気苦労は大変で、心もからだもすり減る思いの毎日が・・。
というように書くと、重苦しいドラマを想像させてしまうかも知れません。

でも、映画は、後半、義母が「絵筆」を握ることから一転します。
構図に色彩に、思わぬ才能を見せる義母。
周りから絵を覗き込む人たちがもらす驚きの声に、思わずにっこり。
人は誰かに認められることで生きていける。
そんなメッセージが起ち上がってきます。

映画からは、昭和という時代を生き抜いた女性に寄せる共感も滲み出ます。
義母の人生を知り、その一端に触れることで、嫁と姑、二人の女性に芽生える、世代を超えた不思議な連帯感。
その意識は、いつしか友情にも似た「絆」を生みます。
そして、その「絆」を中心に、ばらばらだった家族全員が太く縒り合わされていく。

タイトルの『折り梅』というのは、生け花の手法のひとつだとのこと。
たとえ枝を折られても、梅は花を咲かせます。
年老いて、幹が「がらんどう」になっても、それでも梅は美しく花を咲かせます。
「自然」が秘めている力はあなどれません。
「生命」の力に対する畏敬の気持ちを忘れることは許されません。

この映画の場合、「きれいに描かれすぎている」という感想を招くこともあるでしょうね。
でも、このような「描き方」をすることではじめて見えてくるものがある。
まちがいなく、あると思います。
「見えてきたもの」を、とりあえず心の奥にしっかり焼き付けて保存しておきたい、そう思える映画でした。

先日、観た、NHKスペシャル『認知症を治せ!』という番組。
認知症をめぐる状況が、ここ10年で相当に変わっていることを知りました。

認知症といってもさまざまな原因があるそうです。
まずはその「原因」を専門医のもとで調べてもらうこと。
そして、その原因によっては、手術が効果的な場合もあり、また投薬で症状の進行をかなりな程度まで抑えることができる場合もあることなど。

患者数が最も多いとされるアルツハイマー病についてはどういう現状なのか。
番組では、イギリスで臨床実験中の治療薬が紹介されていました。
実際に、すばらしい治療効果を見せてくれる被験者の男性も登場します。
心強い気持ちがわいてきますね。
このイギリスの例をはじめ、いくつかの国で、治療薬が最終臨床試験の段階に来ているそうです。

時の流れが速すぎるのは困るなあと、いつも思ってしまいます。
少年老い易く学成り難し、です。
でも、治療薬が完成し、日本で認可されるまでの道のりのことを考えると、そうも言っていられません。
時間を思い切り「早回し」することがなによりも必要なのだ。
そんな気がしました。


それでは。

映画『東京日和』~魂が還る空~

映画『東京日和』を観ました。



いまは亡き妻と過ごした歳月を回想する写真家の物語。
「写真家」とはアラーキーこと荒木経惟氏。
妻・陽子さんとの実話がベースになっているようです。
写真家を演じるのが、監督を兼ねる竹中直人。

彼は、「荒木経惟」という人物をあえて意識しないようにして役作りをしたとのこと。
いささか世間からずれているような、それでいてどこにでもいるような、不思議なキャラクターを演じて見せてくれます。
妻を演じる中山美穂もいいですね。
彼女はすこし精神が不安定。ふとしたことにおびえ、立ちつくしてしまったりします。
山奥で母鹿からはぐれてしまった子鹿のように。

回想の中、二人の思い出が、河原に石をひとつひとつ積み上げていくように描かれていきます。
中にはごつごつ、ざらざらした石もあります。
でも、時の流れにさらされて、表面の角はとれ、磨かれ、輝きを放ちます。
ただ、積み上がっていく石の塔は、どんなに丁寧に積み重ねても、いつかは崩れてしまう。
崩れてしまう最後のひとつの石を置くときが来る。
そのことを知りながら、いつくしむように積み重ねられる思い出。

以前、NHKの『週間ブックレビュー』という番組に荒木経惟氏が出演しました。
ご自身、病み上がりということだったけど、とてもお元気そう。
人間の「いい顔」についていのお話をされていました。
男の顔はりりしさ。女のいい顔は「エロス」。
いい顔というのは見ていても気持ちがいい。撮ってもまた気持ちがいい。
意気軒昂でした。

でもこのとき、氏は、愛猫チロが死んでからまだ日が浅かったようです。
22年という時間をともに生きたチロ。
平成2年に陽子さんが亡くなってからの20年、荒木氏を精神的に支えてきたチロ。

3月2日に死んだチロを撮った、最後の写真集が出版されました。



ページをくくっていくと、死んだチロが横たわる姿が映されます。
そして次のページでは「骨」になって、同じ姿勢で横たわるチロ。
この写真を撮ることで、荒木氏は「ふんぎりがついた」と語っています。
氏は、どのような思いに「ふんぎりをつけた」のでしょうか。

写真集の後半、自宅から見上げた空の写真が延々と続きます。
チロが死んだ翌日(3月3日)からはじまって、5月5日までのあいだ、ほとんど毎日のように映される空。
蒼天があり、曇天がある。
夕焼け空があり、暁の空がある。
移り変わる空のありようを、克明に記録していく写真の数々。

死んだものたちはどこへ行くのか。
いつの時代にも、いろいろな「物語」が語られてきました。
語らなければ耐え難い「思い」があるからです。
そして、語られるさまざまな「物語」。

星になる、という人がいます。
月の世界に戻っていくと考える人もいます。
魂は「山」に帰って行くのだ、という信仰もあります。

遠く万葉の時代には、「空のどこかに漂っている」とも信じられていました。
たとえば、作者不詳とされるこんな歌があります。

 こもりくの泊瀬(はつせ)の山に霞たち たなびく雲は 妹(いも)にかあらむ

泊瀬の山に霞がかかったようにたなびく雲。あの雲は、私のいとしい妻なのだろうか・・・

空を眺め、そこに浮かぶ雲の姿に妻を偲んだ万葉人。
「偲ぶ」というそのことのためだけに、来る日来る日も、空を見上げ続けないではいられなかったのだと思います。

チロに対して「ふんぎりがついた」と語る荒木氏。
「ふんぎりをつける」ことと「偲ぶ」こと。
ふんぎりをつける、そのことによって、はじめてぼくたちは死んでいったものたちを「偲ぶ」ことができるようになるのかもしれません。
そんなことを感じさせてくれる写真集です。
一日にひとつの「空の写真」だけをじっと眺める。
それがこの写真集の正しい観方ではないのかな、と思いました。

それでは。

『円山応挙展』を観る

日本橋の三井記念美術館で、『円山応挙展』を観てきました。

応挙というと「幽霊画」を思い浮かべる人も多いと思うけど、江戸中期において、飛び抜けて絵の上手な画家でした。
「写楽=応挙」説というのもあるぐらいです。
今回の特別展示も、見応え充分です。

新発見の屏風だという『松鶴図屏風』。
五羽の丹頂鶴と三羽の真鶴が、どっしりした松の下、思い思いに憩っています。
静かさの中、かすかに鳴き交わす声が聞こえてきそう。

六曲一双の大画面の中、二本の「藤」を装飾的にアレンジした『藤花図屏風』。
藤の花房が金地に美しく映え、応挙の筆は、なんのためらいも見せず、蔦のくねりをその先端まで一気に描ききります。

そして『雲龍図屏風』。
二頭の龍が、右から、そして左から、渦巻き、逆巻く怒濤の中で身をうねらせます。
想像上の存在である「龍」を現前にしているような迫真性。
その立体感は、まさに3D映像さながらです。

今回の展示では、『雪松図屏風』を観ることもできました。
雪をかぶって佇立する二本の松。
右側にはどっしりと直線的な松が描かれ、左側には曲線的でほっそりとした松が描かれます。
幹の太さや傾き、空間の配置など、計算され尽くした構図、という感じがします。
枝も、ある角度から見ると、浮き上がって見えるような気がしてくる。

実は、この『雪松図屏風』に、きびしいコメントをしている人がいます。
作家の橋本治氏。
ひらがな日本美術史5』の中で、こんなふうに書きます。



「"円山応挙の中で一番つまらない作品を挙げろ"と言われたら、私はためらうことなく、この『雪松図屏風』を挙げる。円山応挙は、松が下手である。他はともかく、松だけは下手である。松の幹に迫力がない。応挙の絵の特徴はその緻密さにあって、松の幹を描くために必要なダイナミズムがない。」

さらに、

「応挙の松は、シロートに毛が生えた程度のものである。つまらない。力がない。品格がない。」

さんざんですね。

もちろん、この評価は、狩野永徳や長谷川等伯に比べたら、ということだとは思います。
応挙の描く他の素材に比べたら、ということでもあるのでしょう。
それにしても辛辣ですね。

そして、この『雪松図屏風』が国宝とされていることにも苦言を呈します。
むしろ『雲龍図屏風』のほうが国宝にふさわしい、と。

橋本治氏の応挙についての認識は、次の文章に表れています。

「円山応挙は俗なる画家である。貶めて言っているのではない。円山応挙のよさは、"俗なる画家"と言われたそこから生まれてくるものであると、私は思う。」

この認識から、「輪郭線を持たない画法」の追求を通して、応挙は「写生」を越えた「臨場感」を獲得するに至った、と論じます。

「円山応挙の出現によって、日本の絵画は一新されてしまった趣もある。円山応挙の描法は、緻密で丹念で、"すきま"というものがあまりない。」

そして、円山応挙が「近代日本画のスタートラインに既に存在している、"近代日本画のゴール"」なのであると結論します。

けっきょくほめています。
橋本治氏のほめ方は、いつもとてもややこしいのです。

展示を振り返り、橋本治氏の書いたものを読んでいて、もしいまの時代に「円山応挙」監督がいたら、どんな映画を作るのか、考えてしまいました。
3Dスペクタクルか、斬新なアニメ映像か。
観てみたいものですね。

それでは。

「原則」の正しい定め方とは

毎日乗る都バスの乗降口。
その上方に「お願い」というタイトルで、プレートが貼られています。
「お願い」とはいいながら、そこには乗客が「してはいけない」禁止事項が列挙されています。
なんとなく眺めてみると・・

イ. 走行中みだりに運転者に話しかけること。
ロ. 物品をみだりに車外へ投げること。
・・・・

みだりに」は、ここでは「正当な理由なく」という意味ですね。
そう考えると、イ.の意味はよくわかります。
走行中の運転者に話しかけてはいけない。
ただし、「正当な理由」があれば、話しかけてもかまわない。

たしかに、走行中、ハンドルを握る人に「世間話」をもちかけるのはよろしくありません。
運転手さんと個人的な関わりを持つ乗客だとしても、ややこしい「別れ話」などは余所でしてもらったほうが適切です。

でも、ただ単に「降車駅を確認したい」ということもあります。
これはあきらかに「正当な理由」。
話しかけても差し支えはありません。

さて、ロ.についてはどうでしょうか。
物品をみだりに車外へ投げてはいけない。
つまり、「正当な理由」があれば、投げ捨ててよろしい、ということですね。

ここでいう「正当な理由」には、どういうものが考えられるのか。

すぐに思い浮かぶのは、「異臭を発したり、爆発したり」するような危ない物を車内に投げ込まれたようなとき。
このような「危険な物品」を車外に投げ捨てるのは、どこからみても「正当な理由」です。
躊躇せずに投げ捨てましょう。
できれば人がいないところに。
その行為によって運転手さんに叱られることは、ありません。たぶん。

「危険物」が車内に。
およそ通常では考えられない事態ですね。
普通の人が100年長生きしても、遭遇することがあるかどうか。
とはいえ、それはあした、起こることかもしれない。
万一に備えて万全を期すのが「危機管理」の基本です。
その意味で、この規定、あらゆる事態をあらかじめ想定したものといえそう。
例外的な事態に対する「配慮」が行き届いています。

さて、この禁止事項の列挙の中には、こういう条項もあります。

  ・走行中の自動車に飛び乗り、又は飛び降りること。

ここには「みだりに」の文言が見当たりません。

つまり、走行中は、いついかなる事態であろうとも、絶対に、断固としてバスから飛び降りてはいけない、という強い意志を表しています。

では、上記 ロ.において想定されているケースではどうするべきなのか。
「危ないものを投げ込まれた」とき、乗客のとるべき行動とはなんでしょう。

『スピード』というアメリカ映画がありました。



テロリストが、バスになんと爆弾をしかけます。
しかもその爆弾、時速50マイル(約時速80キロ)以下になると爆発するように設定されている。

テロリストと対決するSWAT隊員にキアヌ・リーブス。
バスの乗客にはサンドラ・ブロック。
サンドラファンを除けば、絶対に乗り合わせたくない種類のバスですね。
でも運悪く居合わせてしまったら・・・
なんとか逃げ出したいと思うのが人情です。
とはいえ、時速は50マイル。
飛び降りるのも命がけ。

では、このセンサーの設定が、仮に「5マイル(時速約8キロ)」だったら?
転んですりむくかもしれないけど、飛び降りたくなりそう。

しかし、都バスの禁止条項は、その行動を許しません。
「走行中は飛び降りてはいけない」と釘を刺されています。
もし可能であれば、「爆発物」を窓から投げ捨てることは許されます。
それが無理なら、おとなしくキアヌ・リーブスによる救出を待つしかありません。

なんだか不条理な話のような気がします。
すべては「みだりに~してはいけない」という表現の仕方に起因しているようです。
「原則」を決めれば、「例外」が問題になる。
「例外」を最初から認めるのか。
それとも「例外」は「例外なく」認めないのか。
はたまた、「原則」として「例外」は認めないが、「例外的」には「例外」を認めるのか。
書いていてだんだん訳がわからなくなりました。

ということで・・
「みだりに」という文言、あまりみだりには使わない方がよさそうです。
使うときには、まず「原則」と「例外」をきちんと仕分けする。
このことが大切です。
例外なしに。

一応の結論が出ました。
やれやれです。

それでは。

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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