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コクリコ、ポピー、虞美人草

スタジオジブリの劇場版アニメ。
新作は『コクリコ坂から』というタイトルだそうです。
企画と脚本を手がけた宮崎駿氏が、震災直後(3月28日)の記者会見で、こうコメントしています。

この時期に映画に関する発表会をやるのがいいかという意見もありましたが、あえてやることにしました。私たちは埋葬されることもないまま瓦礫に埋もれているたくさんの人を抱え、しかも、原子力発電所の事故で国土の一部を失いつつある中でアニメーションを作り続けているんだという自覚を持ってやっています。

私たちは停電になっても仕事を続けようと思っています。なぜなら今日も郵便配達の人は郵便物を配っているし、バスの運転手はどんなに渋滞が起きようと運転を放棄しないでいるからです。


どんな作品を見せてもらえるのか、楽しみですね。

さて、タイトルの「コクリコ」とは、「ひなげし」のこと。
漢字では「雛罌粟」と書きます。
ちょっと書けないですね。漢検準1級レベルでしょうか。
与謝野晶子がはるばるフランスに洋行したとき、その感動をこう詠いました。

ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す
       君も雛罌粟われも雛罌粟


一面に赤いひなげしの花が咲く野原。ここでは、あなたも私も、みんなひなげし。
異国の光を浴び風に吹かれ、溢れ出てくるような高揚感。

ひなげしはまた、「ポピー」の名で親しまれます。
身近な場所のそこかしこで見かけるポピー。
思わぬところに花を咲かせることもあります。

これはそんなポピーの画像。

popy3.jpg

樽に描かれているひげのおじさんは何者なのか。
英国貴族「W・P・ローリー卿」という人がモデルなのだそうです。
いくつもの香りをききわけることができるウイスキーブレンドの名人だったとのこと。
無聊をかこつローリー卿の元に遊びに来たこのポピー。
ひそひそと、どんな会話を交わしているんでしょうね。

popy4.jpg

これはつつじたちが咲いている中から、頭を高くつき出しているポピー。
場違いもなんのその、少しでも多く光を浴びようと思い切り背を伸ばしています。
自己主張すべきときにはためらわない。
そんなポピーの一面が垣間見えます。

そしてこれは、先日お墓参りをしたときの画像。

popy5.jpg

いわゆる「ケシ坊主」です。
花が枯れて数日すると、こういう果実を実らせます。
いくつものケシ坊主が風に揺れている様子は、とても神秘的でした。

ポピーはまた、「虞美人草」の異名を持ちます。
「虞」というのは、楚の項羽に愛された女性の名前。
項羽が詠う「垓下の歌」に合わせて舞った後、自刃して果てたそうです。
以来、彼女を葬った墓には、この花が咲くようになったという伝説。
お墓に咲くひなげしがさびしげに見えるのも、いわれのないことではなかったんですね。


それでは。


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スズメは2.5メートル

スズメ:2.5メートル。
ムクドリ:2メートル。
ハト:30センチ。

いきなりなんのことかというと・・・
ぼくがこの鳥たちに歩いて近づくことのできる距離の限界を示す数値です。
カラスについては計測していません。
いつも「あっちへ行け」というような目つきで睨まれるし、こちらとしても、強いて近づいてみたいとは思わないし。

さて、スズメについていえば、ほぼ2.5メートルの距離以上には、どうしても近づかせてくれません。
なぜスズメはかくも人間と「距離」を置きたがるのか。
人類の農耕の歴史と関連がある、という話を聞いたことがあります。

稲穂が稔る。
ついばみに群れ集まるスズメたち。
追い払うためにやっきになる人間。

長年に渡り人類との間で繰り返されてきた果てしもない闘争があり、その記憶が遺伝子となってスズメに伝わっている。
「そうなのだ」と言われれば、「そうですか」というしかないような説明ですね。
かくて人類とスズメとの緊張関係は、太古よりの歴史を引き摺っていまに至っているわけです。

ところが・・・
両者のこの「緊張関係」に転機をもたらすか、と思えるような出来事が起こりました。
その「事の次第」を書き記した本があります。
『ある小さなスズメの記録』 (クレア・キップス著:梨木香歩[訳])という本がそれ。




場所はロンドン郊外。第二次世界大戦の最中のこと。
老婦人に拾われた一羽のスズメは、足や羽が不自由で、どうやら親鳥にも見放された様子。
以来、12年に渡る、スズメと老婦人との共同生活が始まります。

「クラレンス」と名づけられたこのスズメ。
次第に、驚異的な才能を見せ始めます。
老婦人に対して、きちんと自己主張はしてみせるし、ピアノの演奏に合わせて、その囀りをメロディに変化させることもできるようになります。

とはいえ、寄る年波には勝てません。
さしものクラレンスも、加齢によって次第に体の自由が利かなくなってきます。
いまにも消えてしまいそうな命の炎。
ところが・・・
ここからクラレンスの頑張りがはじまります。
一枚ずつめくる本のページにも、思わず力がこもります。
こんなにも小さな存在に、こんなにも不屈の魂が宿っている。
そのことがストレートに胸を打ちます。

このお話は、やっぱり「奇跡」だったのでしょうか。
それ以後も、相変わらずスズメたちは、「2.5メートル」という距離を縮める気配を見せません。
彼らの遺伝子は、相変わらず人類を「敵」と認識しているようです。

ただ、少し前に、ちょっとした遭遇がありました。
これはそのときの画像。

suzume.jpg


たぶん、巣立ち直後の子スズメですね。
ぼくが向かい合っても、まったく動ずる気配を見せません。
親鳥に呼ばれて飛び去るまでの間、時間にして2~3分。
何枚かの写真を、おとなしく撮らせてくれました。
彼(または彼女)の「遺伝子」は、このときまだ眠っていたのでしょう。
ずっと眠っていてくれたら、と思わないでもありません。
でも、はたしていま、「ニンゲン」はスズメたちの信用に値するのかどうか。
いささか時期尚早、という気もしてしまいます。


それでは。






青葉若葉の日の光

しばらく続いた天候不順が終わってみれば、きょうはもう初夏の日差しです。
春に萌え出ていた樹木の芽がいっせいに枝を覆い、みずみずしい色を輝かせはじめています。

昨年末に最後の一枚が散ってしまった裸木がありました(最後の一葉)。

otiba2.jpg


あれから5ヶ月。
日本列島に「去年と同じ今年」はめぐってきてくれませんでした。
失われてしまった大切なもの。
元に戻ることのない時間。
それでも、たとえなにがあろうとけっして変わらない営みがあります。
変わってはいけないものがあります。

これは、先月24日に撮った画像。

一葉1

どの枝にも命が戻ってきました。
葉っぱたちが呼び交わしながら次々に目を覚ましてきました。

そして、これはきのうの画像。

一葉2

若葉が枝の全体を包み込んでいます。
土から枝先まで吸い上げた養分の「重み」で、枝がたわんでいますね。
見えているのは「いのち」の重みそのものなのかもしれません。
太陽を浴びて、いま光合成の真っ最中。
新鮮な酸素を青空いっぱいに送り続けています。

300年前のある初夏の一日、芭蕉がこんな句をつくりました。

あらたうと青葉若葉の日の光

新樹からいっせいに伸びてゆく青葉や若葉。
その緑をやわらかくそよがせる日のひかり。
なるほど「尊い」というのは、こういうときに湧き上がってくる感情なんですね。


それでは。

映画『八日目の蝉』

前回書いた映画『二十四の瞳』。
舞台は瀬戸内海の小豆島です。
その小豆島が重要な役割を果たす映画を観ました。
角田光代原作『八日目の蝉』です。

さざなみ立つかと思うとたちまち大波に揺られ、いっとき穏やかな凪ぎの中で心を憩わせる主人公の女性。
原作では、その逃避行の中でのさまざまな出会いや出来事を丹念に書き連ねていきます。
「子ども」を産むことができなかった女と、「母」を見失ってしまうことになる「娘」と。 
一方映画では、この二人それぞれの身体に空いた「がらんどう」が時を超えて共振しあう、そのさまが描かれます。

七日で命をまっとうすると言われる蝉たち。
でも、生き延びて八日目の景色を見ることになる蝉もいます。
ひとり残されて「その後」を生きる。しんどそうです。
ましてや言葉で尽くせない辛い体験を背負って七日間を生きて、そのうえさらに「その後」を生きなければならないとすれば・・・。
気力をなくしてしまったり、ひねくれて不貞寝してしまったりしそうですね。

それでもやっぱり八日目を生きることには意味がある。
なぜなら、そこには、まだ見ぬ美しいものがあふれているから。
花であれ星であれ月の光であれ、まだ出逢っていない美しいものたち。
八日目を生きることでそのすべてを目にすることができる。
肌に触れ、音を聞き、香りに包まれることができる。
だから、八日目を、さらにそのあとに続く日々を、生きていかなければならない。
そんなメッセージが聞こえてくるような映画でした。

さて、逃避行の舞台に選ばれたのが小豆島です。
「風光明媚」とはまさにこのこと、と深くうなずいてしまうような映像の数々。
ほんとうに美しい島ですね。
スクリーンに、一瞬、咲き誇る黄色い花が見えたような気がします。
たぶん、菜の花畠だったのでは。

菜の花畠といえば、大好きな唱歌があります。
「菜の花畠に入日うすれ」で知られる『おぼろ月夜』。
映画『二十四の瞳』でも、歌われていました。

とくに好きなのが2番の歌詞です。

里わの灯影も 森の色も
田中の小道を 辿る人も
蛙の鳴く音も 鐘の音も
さながら霞める おぼろ月夜


なんだか、体の中の空気がぜんぶ入れ替わるような気分に誘われます。
八日目を生きる蝉が見たいのは、見なければいけないのは、こういう世界なんじゃないかなと思いました。
蛙の鳴く音も鐘の音も、月夜がおぼろに霞ませる世界。

映画の最後でも、鐘の音がどこからか響いて聞こえるような気がしました。
二人の女たちの持つ「がらんどう」が互いに谺(こだま)を返し合いながら響かせる静かな鐘の音。
ラストシーンが霞んで見えたのは、「おぼろ月夜」のせいというわけではありません。

それでは。

『二十四の瞳』という映画

一年に春夏秋冬があるように、人の感情にも四季の移ろいがある。
昔むかしのその昔から、どこかで誰かが言ってきたようなこと。

でもたしかにそういうものかもしれません。
なにかにつけてぷんぷんとしてしまうときなんて、感情が「怒季」に入ってしまったのかな、と思います。
かと思うと、見るもの聞くものすべてが嬉しく、気持ちが弾んでしまうことも。
「嬉季」と名づけましょうか。あるいは「笑季」。

一方、ときとして、どうしようもなく悲しくなることがあります。
悲しくて、身体をすこしゆさぶるだけで涙があふれてしまいそうになる。
これは「涙季」で決まり。

映画には、タイトル名を聞くだけで「涙季」を呼び覚ますものがあります。
先日、NHKで放映された『二十四の瞳』(1954年)がまさにそれ。



映画の中で、大石先生は、泣きに泣きます。

自分に会うために二里の道のりを歩き続け、疲れ果てて泣き出してしまった子どもたちと一緒に泣きます。
貧乏のために、苦労を重ねる女の子のために泣きます。
彼女は、欲しくてたまらない「百合の絵が描かれたアルマイトの弁当箱」を買ってもらうこともできません。
修学旅行先で、一家離散のあげく奉公に出されたその子と出会った大石先生。
その境遇を思っては泣きます。

「元気でね。手紙頂戴ね。先生も書くから・・」

こんなことを言うことしかできない自分の無力を思っては泣きます。

戦死してしまった教え子たちのお墓の前で泣き、失明して復員してきたひとりが、心の中に焼き付けられている写真を指でなぞるのを見ては泣きます。
写真には、大石先生を囲んで、12人全員が映っています。
みんなで二里の道のりを歩き切り、思い切り泣いたあとに先生のうちで「きつねうどん」をふるまわれ、「いま泣いたカラス」の上機嫌で映っている写真。
彼の見えない眼にはすべてが見えています。

「この写真は見えるんじゃ。な、ほら、真ん中のこれが先生じゃろ、その前にわしと竹一と仁太が並らんどる。先生の右の、これが松っちゃんで、こっちが富士子じゃ。松っちゃんの左の小指を一本ぎり残して、手を組んどる。それから・・・・」

「泣く」ことで何かを生み出すわけではないことはわかっていても、それでも「涙」は、つもりにつもったものすべてを洗い流してしまうことができます。
涙を出し切らなければ向き合えない現実。
「涙季」というのは、そのためにあるんだろうな、と思います。

さて、全編、童謡や唱歌が使われているこの映画に、一箇所、讃美歌が使われている、と指摘したのが評論家の川本三郎氏。
「クリスの緑の眼、イーストウッドの拍車」という本です。



先程触れた、「アルマイトの弁当箱」を買ってもらえず悲しむ、「川本松江」という女の子。
松っちゃん、と呼ばれています。
彼女がよそへもらわれていった、と聞いて大石先生が泣くシーンに流れる曲が讃美歌である、とのこと。
そして監督の木下恵介は、この曲を松ちゃんだけのテーマ曲としたのだ、と書きます。

木下恵介が、不幸な少女のテーマ曲にこの曲を選んだのは彼女をどこかで励ましたかったからだろう。大石先生が泣くことによってしか彼女への思いを伝えられなかったように、木下恵介は讃美歌を流す他にこの不幸な少女をいたわる方法がなかったのだろう。

「泣く」ことがそのまま「祈る」ことにつながる。
「涙季」にきちんと泣けるだけ泣くことが、苦しみ、損なわれた魂を浄化する。
そういう映画だったんだなあと、あらためて思います。

それでは。

『裁判百年史ものがたり』

前回触れた「八海事件」。
戦後の裁判史に残るこの事件をはじめ、日本を揺るがした12の重大事件について、推理作家でもある著者が書き綴った本があります。
夏樹静子著、『裁判百年史ものがたり』です。



司法権の独立を守ったとされる「大津事件」。
証拠を無視し、非公開裁判で24人に死刑が下された「大逆事件」。
戦後の渾沌を浮き彫りにする、ミステリアスな「帝銀事件」、そして「松川事件」。
言論の自由をめぐって争われた「チャタレイ裁判」も興味深く、また「尊属殺重罰規定」が「違憲」とされた歴史的裁判も取り上げられます。
12の事件がじつに絶妙なバランスで取り上げられているなあと、感心してしまいました。

「有責配偶者からの離婚請求」が認められた、画期的な裁判も語られます。
婚姻関係の破綻にもっぱら原因を与えた当事者からの離婚請求は認めない。
長く変わることなく運用されていた基準です。
しかし、昭和62年、最高裁は、新たな判断基準を示しました。
「婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなった場合」、有責とされる当事者からの離婚請求であっても、一定の要件の元に認めるものとする。
従来の原則をひっくりかえすような判例変更でした。

本書では、この判決に「女性の側の意識改革と自立を促す強いインパクト」があったことを強調します。
多くの女性が、「もう結婚には頼っていられない」という事実に目覚めたのだ、と。
社会の変遷が裁判を動かし、裁判がまた社会生活の有り様を変える。
大きなうねりの中で社会のしくみが移ろっていく。
そのことがとてもわかりやすく理解できます。

そういえば、「熟年離婚」という言葉が認知されたのも、そんなに昔の話ではありません。
手持ちの『現代用語の基礎知識』によれば、2005年度版から新たに登場しています。
その後、2007年から実施された「年金分割」と呼ばれる年金制度改革が熟年離婚の増加に拍車をかける、とも言われていました。
経済的に自立する手段を持たない女性にとってつねにネックとなる離婚後の生活。
この制度改革のメリットには無視できないものがありそうです。

先の判例変更に始まり、その後も続く世の中の変遷。
結果、「意識改革と自立を促され」、定年退職した夫の挙措動作を醒めた目で見やる女性たち。
亭主だけは、自分が俎板の上にいることを知りません。

首筋がひやりとするような話ではありますね。

それでは。

八海事件のこと

先月末(28日)、ひとりの男性の死亡記事が新聞に小さく掲載されました。
いわゆる「八海事件」で強盗殺人罪に問われ、合計3度の死刑判決を経たのちに無罪となった方です。
この事件については、昭和31年に製作された 『真昼の暗黒』 という映画で詳しく知ることができます。



拷問による自白の強要。
証人の証言に加えられる威圧。
自白によって形成されていく裁判官の心証。
「まだ最高裁がある!」という叫びで終る映画は、深い余韻を残しました。

「冤罪」などというと、どこか遠い世界の話のような気がしてしまいがちだけど、他人事ばかりとはいってはいられない現実もあります。
『それでもボクはやってない』(2006年:周防正行監督)という映画では、そのことの怖さが眼前に示されました。
「怖さ」を一挙に身近なものとして見せてくれました。

映画やドラマの世界だけの話ではありません。
最近では、不当起訴のため5ヶ月の間、拘置された厚生労働省の元局長の女性。
この事件では、主任検事が証拠品として押収したフロッピーディスクのデータを改ざんする、という、信じがたい行為の存在が明らかにされました。
世の中には「ありえない」ことはない。
そんな心構えが必要なのかもしれません。
暗澹としてしまいますね。

「八海事件」というと、もう一つ思い出されることがあります。
大正4年に発生した、「加藤老事件」です。
殺人の「共犯者」として名指しされたがために無期懲役となり、14年間服役する加藤新一氏(以下、「加藤老」)。
その後、再審請求を繰り返し、事件発生から62年後に至り、ようやく無罪判決が言い渡されました。
その第一回の再審請求時の裁判長が、「八海事件」の差し戻し審で無罪判決を出した裁判長と同じ人。
この裁判長なら、すべての証拠を再評価し、公平な審判を下してくれるのでは。
加藤老は期待を大きくふくらませます。
ところが結果は請求棄却。
裁判審理というものに潜む、外からはうかがいようもない闇を垣間見るような思いがします。

「加藤老事件」については、大学生のとき、講義で取り上げられました。
参考図書として読んだのがこの本。



あらためて取り出して読んでみると、とてもなつかしい本です。
それはともかく、晴れて無罪を勝ち取った加藤老。
その後、国家賠償請求の最中、昭和55年89歳で死去されました。
「八海事件」で主犯とされた方の享年は84才。
「長寿を全うされた」などという言葉をうかつに捧げてよいものかどうか。
ある意味では、普通の人生の数倍にあたる荷物を背負い、生き抜かれた長い長い人生であったのかもしれません。

それでは。
プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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