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小石川後楽園

傘をさしてはためらい、閉じてはためらうような雨の一日。
小石川後楽園に行ってみました。
人影はまばらです。
じゃまになる傘は下しているひとが多く、

 傘ささぬ人のゆききや春の雨

久保田万太郎のこんな句を思い出します。

場所は、東京ドームのすぐ裏側。

全体図

ドームと東京ドームホテルとが曇り空をバックに霞んで見えます。
プロ野球が開幕すれば熱戦の舞台となる東京ドーム。
歓声がこだまするすぐそばに、かくも閑静な空間があったんですね。


これは、マンサクの花。


マンサク

春に他の花にさきがけて「まっ先」に咲くことからついた名前だそうです。
まっ先に咲いて、もう名残りの花になってしまっているのでしょうか。
花の色からは艶や勢いが失われているようにも見えます。

いっぽう、これは落椿。

落椿

「しだいにしおれる」などということをせず、いちばん見事な花の形のままぽとりと落ちています。
潔いといえば潔いですね。
ただ、風雨にさらされ虫に喰われていくこのあとの運命を思うと、「無残」の二文字も頭をかすめます。

これは「キブシ」の花。

キブシ

鈴なりの小花が垂れ下がる姿が印象的です。
江戸時代には、女性の「お歯黒」の材料になっていた・・・
というちょっと意外な過去を持つ花です。


そしてこれは「山茱萸(さんしゅゆ)」の花。

山茱萸

黄色が鮮やかでとてもきれいです。
別名の「春黄金花(はるこがねばな)」という名称がぴったりの感じです。

庭園をすこし奥まで歩き進むと、独特な香りに包まれました。
沈丁花です。

沈丁花

香りというよりも「芳香」という言葉がふさわしい花。
花の内側と外側とで、色が異なっているのがわかります。

さて、小石川後楽園といえば見逃せないのが梅林です。
小雨に煙る梅林。
琳派の絢爛な屏風絵というよりも、どちらかというと水墨画のような趣きでした。

これは白梅。

白梅

雨粒を乗せて、花びらがかすかに揺れて震えています。
雨滴と白梅とのハーモニー。
しずくがこぼれて落ちないように、重みに耐えているようにも見えます。

そしてこれは紅梅。

紅梅

菅原道真が詠んだ「東風(こち)吹かば匂ひをこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春な忘れそ」という歌。
歌われた梅は、京の都から一晩にして道真の住む屋敷の庭へ飛んできたという伝説があるそうです。
律儀で情の濃い梅だったんでしょうね。
この梅は「紅梅」だったという説があるとのこと。
たしかに、耐える風情が似合って見える「白梅」に、そこまでの積極性はなさそうです。


今日、東京では、気象庁が桜の開花を宣言しました。
明日から4月がはじまります。
季節の歯車がまたひとつ、かちりと音を立てて回ります。


それでは。



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馬の瞳に映る「人間」

黒澤明監督の映画『影武者』のクライマックスシーンは、有名な「長篠の戦い」です。
地響きをあげて突撃する武田騎馬軍団。
すさまじいまでの突破力です。
ところが、三千挺ともいわれる鉄砲の前に次々と撃ち斃されてゆく。
人の馬とが累々と横たわるありさまは、凄絶そのものの地獄絵図のようでした。

騎兵による突撃にとって、銃の普及は大きな障害となります。
さらにライフル銃が発明され、射程距離が飛躍的に伸びることで、闇雲な突進はいっそう制限される。
それでも日露戦争の頃には、まだ騎兵部隊は一方の主力として、前線の攪乱や奇襲攻撃に威力を発揮していた・・
NHKでドラマ化された司馬遼太郎『坂の上の雲』でも描かれていた状況ですね。
ところが第一次世界大戦が始まり、機関銃が前線に行き渡るに連れて、防御陣地を騎馬で突破することはほぼ不可能になっていきます。
騎兵による突撃は、ただ「無謀」としかえいないようなものになってしまう・・・

火器の発達と「戦争のやりかた」とを「人間」の目線から見れば、こういった構図が浮き上がってきます。
でも、「馬」の側からすれば、「いい加減にしてほしい」という心境になるでしょうね。
「将を射んとせばまず馬を射よ」という有名な格言も、もし馬に言葉があれば、「あまりに理不尽な言い草ではないか」と抗議されるでしょう。

『戦火の馬』 という映画を観ました。
イギリスの貧しい農家で絆をひとつにする少年と馬。
馬は「ジョーイ」と名づけられます。
ところが「ジョーイ」はその後、軍馬として売られ、第一次世界大戦の火ぶたが切られたばかりの戦地へ送られてしまいます。そして辿ることになる数奇な運命。

ドイツ軍陣地にイギリス軍が騎兵突撃を敢行します
その中に「ジョーイ」もいました。
防御陣地で待ち伏せる、機関銃の列。
人も馬も次々となぎ倒されてしまいます。
「戦争」という人間同士の愚行によってただ翻弄されつづけるしかない馬たち。
戦史上、騎兵突撃という戦法に幕を下ろす直前の、最後の犠牲となって斃れていきます。
愚かな振る舞いを繰り返す人間の道連れとなって斃れていきます。

でも、物語の最後になって、自らの力で運命を切り開こうと戦場を翔る「ジョーイ」。
その必死な姿は、敵対する人間たちの心までも揺り動かします。

「人間」が「馬」をテーマとし、「馬」を観るべく作られたこの映画。
でも、じつは見られているのは「人間」のほうではないかという気がしてきます。
馬の瞳に映る人間。
それは、勝手に道具を作り、道具を発達させ、ついには道具に使われ、道具を制御できず、道具に殺されてしまっている人間です。
澄んだ馬の瞳に映された己の姿を覗き見る。
そのことでしか自分の真実の姿を知ることができないのだとしたら、それはかなり情けないことかも知れない。
そんなふうに思えてくるような映画でした。

それでは。

1分間

あの日から一年がたちます。
2時46分がまたきました。

目を瞑ってうつむいて、黙祷をささげたら・・・
とたんにいろいろなことがいちどきに頭の中に押し寄せてきました。
静かに祈らなければいけないのに、とあせるばかり。
黙祷の「1分間」を、とても短く感じました。

津波の時速は155キロと推定されるそうです。
分速にすると約1900メートル。
その「1分間」に生死を分けられてしまった人たち。
いまはもうとりかえしのつかない「1分間」のこと。



「ふくいちライブカメラ」というサイトがあります。
東京電力が開設しているサイト。
福島第一原子力発電所1号機~4号機の映像が「リアルタイム」で配信されています。
いま「現在」を見てみると、発電所の奥に薄い青空が拡がっています。

ただ、この映像は、30秒前のもの。
サイトの説明によれば、

「複数の機器を経由している関係で、実際の時間よりも(約30秒)遅れて映像が配信されています」とのこと。

科学技術の粋を極めた(と思われていた)原子力発電所(だったもの)の映像。
「機器の関係」で、30秒だけ過去に遡った映像。
「30秒」程度の時差をものともせず、「リアルタイム」であり「ライブ」であると謳う映像。

どれもが事態をここまでに至らしめた「現状」をあますところなく語っています。
「語るに落ちる」とはこういうことを指していうのでしょう。

どうせならば「30秒前」の過去ではなく、「1分間」先の映像を見せてほしいものです。
できることなら、10年先、20年先の映像も。
今日とは違う青空が今日と同じように拡がっている未来・・・
そんな映像を見てみたいと思います。


それでは。



「期限」のある生活

確定申告の期限が迫っています。
3月のカレンダーの真ん中にある「14日」。
まだ済ませていない方は、そろそろ気にかかり始めているのでは。
ぼくはといえば、もう、2月の早々に済ませてしまいました。
おかげでめずらしく気分はゆったり。
まるで7月中に「夏休みの宿題」をぜんぶ済ませてしまったみたいに。

人の心を締め付け、ざわつかせるためにあるかのような「期限」
どこかに必ず「決める係りの人」がいるんでしょうね。

たとえばお金を借りれば、「返済期日は毎月28日」などと決められる。
図書館で本を借りれば「2週間以内に返却を」と念を押される。
気がつけば、ほとんどすべて、「一方的」に定められています。

そう思って見渡せば、あたり一面、「期限」でいっぱい。
仕事に出れば、「今週末に提出のこと」とか、「明日までに確認を取り、メールを」とか。
家にいれば、「今日中にお風呂場の蛍光灯を取り替えておくように」とか。

無数の透明な「期限」という糸がはりめぐらされた部屋。
どの糸も、「ぷつん」と断ち切ったりしたら大変です。

切ったらいけないと思うものに囲まれていると疲れることもあります。
息苦しさを感じてしまうことも。
そんなときには、「部屋の外」に出てみるといいかもしれません。
あるいは「途中下車」をしてみるとか。

これは赤いツバキのつぼみです。

椿1

こちらは白いツバキ。

椿2

木偏に「春」と書いたら「椿」。
大地の中の自然の運行に、「流れ」はあっても「期限」はありません。
咲くべきときがくれば咲く。
待つ人がいようがいまいがお構いなし。
たぶん、過去のことを思い煩ったりもしません。
ただ咲いたあとの未来を夢想しているだけのツバキ。
そうして咲ききったあと、ぽとりと落ちる。

悠々としていていさぎよくて、なんだかうらやましいですね。


それでは。


一粒の麦

NHKスペシャル 『ヒューマン なぜ人間になれたのか』 の「第3集」は、 「大地に種をまいたとき」 というテーマでした。

その昔、小麦は、稔ると穂が風に吹かれて飛んでいってしまっていたのだそうです。
だから安定した収穫を期待できず、人口の増加も頭打ち。
ところが、あるとき、「突然変異」が訪れます。
そして登場する、稔っても穂が風に飛ばされない小麦。
人類はこの変異種を長い時間をかけて大切に栽培し続けます。
かくして小麦は一気に世界へと拡散し、人口も爆発的に増加する・・

麦と人類との宿命的な関わり。
興味深いお話でした。

『身近な雑草の愉快な生きかた』 という本に、カラスムギという雑草を改良して「エンバク(燕麦)」という作物にしたのだ、という話が書かれています。




「カラスムギは麦よりも環境に強く、栽培しやすい。麦の栽培が困難な地域でも生育が可能なのだ。かくして雑草だったカラスムギは作物として認められ、人間に利用されやすいように進化した。そしてできたのがエンバクである。」

このエンバクの特長はなにかといえば・・・

「エンバクは確実に収穫できるように種子が熟しても落ちにくい。また種子を播けばすぐにそろって芽が出てくる。当たり前のようにも思えることだが、人間に従うためにその特長を発達させたのである。」

一方、雑草であるカラスムギの種子は、熟せばすぐに落ちてしまうのだとのこと。
土に落ちた種子は、「ドリルのように回転しながら」土の中に潜っていきます。

「作物ならば、人間が種子を播き、その上に土を掛けてくれるだろう。誰の助けも借りないのが雑草のプライドである。」

麦と人間。人間と麦。
現代でも、さまざまなドラマが営まれていることがわかります。

そのドラマのプロローグともいえる出来事が、古代に生まれた「変異種」の登場でした。
その「変異種」が生まれるまでの間、風に飛ばされて散り続けていった無数の穂。
地に落ちていったその「穂」がなければ、人類は「今」に繋がることができなかった・・・

新約聖書には、こんな一節があります。

「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん
もし死なば、多くの実を結ぶべし」
(ヨハネ伝 第一二章 二四節)


文語なのですこしわかにりくい表現だけど、噛みしめると味わいに富んだ言葉です。


それでは。

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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