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新藤兼人監督が亡くなりました

映画監督の新藤兼人氏が亡くなりました。

氏の作品を始めて出会ったのは、二本立ての名画座でのこと。
林隆三主演の 『竹山ひとり旅』 (昭和52年)という映画です。
主人公は、津軽三味線の名手である高橋竹山(ちくざん)。
映画では、3歳で失明してしまった彼が、ひとり、差別や挫折に立ち向かっていくその半生を、ロード・ムービー風に描きます。

淡々としたストーリーのこの映画に、当時、なぜ惹かれてしまったのか。
映画の中の「食べる」シーンに圧倒されたからだと思います。
門付け(家の前で三味線を弾き語る)をすることで、わずかな食べ物や金銭を手に入れる日々。
貧しい放浪生活の中、野宿しては、飯ごうでお米を炊きます。
握り飯と味噌汁だけの粗末な食事。
でもそれが、なんともいいようがないほど燦めいて見えます。

人間はどんなに辛いときでも、悲しみのどん底にあっても、「食べる」ことで生きている。
当たり前といえば当たり前なことですね。
でも、「当たり前」なことがわかるというのは、じつはずいぶん大変なことなんだろうと思います。
「食べる」ということ、「食べて生きる」ということの怖さと神々しさ。
この映画を観て、はじめて気がつかされたことです。
そしてたぶん、いまだに「本当の意味」はわかっていません。

乙羽信子・殿山泰司主演 『裸の島』 (昭和35年)という映画も衝撃的でした。

瀬戸内海に浮かぶ小島に暮らす夫婦と二人の子供。
島には、わずかな面積の段々畑があるだけです。
来る日も来る日も、夫婦は畑を耕します。
ところが、島には水がありません。
小舟を操って隣の島に行き、桶に水を汲んで運ぶことを繰り返します。
大変な重労働です。

そんな生活の中にも、笑いがあり、歓びがあふれるときがあります。
束の間、家族がしあわせに包まれる瞬間があります。
でも次の瞬間には、一転して悲しみのどん底に突き落とされる。
幼い命が、引き止める間もなく、天に召されてしまうからです。

喉をかきむしるように号泣し、地に倒れ伏してしまう母親。
でもやがてまた起き上がります。
桶に汲んだ水を畑に運ぶために起き上がります。

「働く」ということ。
「働いて生きる」というのはどういうことなのかということ。
セリフのない、音楽と映像だけのこの映画が、しずかに語りかけてくれたような気がしました。

こういった映画のメッセージを、きちんと受け止めることができたのかどうか。
いまだそれはわからないし、すぐにわかってしまってよいことだとも思えない。
でも、出会えてよかった、と心から思える映画です。
新藤兼人監督には、ありがとうございました、という気持ちでいっぱいです。


それでは。


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映画 『ポロック/2人だけのアトリエ』

きのうの続きです。

展示会場では、作品を屋外製作するポロックを撮影した、貴重なドキュメンタリー映像を観ることもできました。
この映像に協力したことによるポロックのストレスはかなりのものだったようです。
そのために、自ら固く禁じていた「アルコール」に、手を伸ばしてしまう・・・・

その様子が克明に描かれた映画があります。
2000年に公開された、 『ポロック/2人だけのアトリエ』 です。



監督・主演は、美術の学位を持ち、画家を目指したこともあるというエド・ハリス。
「ジャクソン・ポロック」という画家に対する思い入れにあふれた力作です。

画家の波乱に富んだ人生に焦点を当てた映画というのはたくさんあっても、「どのように描いたか」が語られることはほとんどない。
それを映像にしても「絵にならない」からなのでしょうか。
その意味で、「どのように描いたのか」を見せ場とするこの映画、じつにスリリングです。
エド・ハリスが吹き替えなしで見せるアクション・ペインティング。
見応え充分です。

腕の延長のように筆をあやつる「ポーリング」(床に置いたキャンバスに筆から絵の具を直接垂らす)。
そして「余白」を残さず、キャンバス全体を塗りつぶす「オールオーバー」。
こんなふうに隅々まで塗り込めて、いったい彼はなにを描きたかったのか。

彼が描き出そうとしているものは、自分の外側にはありません。
ひたすら自身の中へ中へと没入していく。
心の中をのぞいて、そこにあるものから目をそらさず、しかも残らず描き出していく。
でも、覗き込んだ心の中がもし空洞だったら・・・

その恐怖をまぎらわせるのが「アルコール」であり、なぐさめはげましたのが、妻であるリー・クラズナーです。

当初は、世に出ようとするポロックを後押しし、「二人だけのアトリエ」というサブタイトルそのままのパートナーであるリー。
なのに、ポロックが功成り名を遂げ始めるに連れ、しだいにお定まりの亀裂も生じます。

決定的なことは、「子どもがほしい」というポロックをそっけなく拒否してしまうところ。
心の「余白」を埋めようとするかのように「子ども」を求めるポロック。
でも、この思いは、どうしても妻に届きません。
彼女の拒絶は、「二人だけのアトリエ」にすきま風を呼び込みます。
すきま風は、やがてすぐにつむじ風へと変わってしまう。

公式には「自動車事故死」とされているポロックの死。
この映画では、自ら望んで「ハンドルを切った」ように描かれています。
けっして「偶発的」な出来事というわけではなかった。
「偶然さえもコントロール」して描くと言い続けた男が、自らの死をコントロールできなかったはずはない。
そう語りかけてくるようなラストシーンでした。


それでは。


「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」

東京国立近代美術館で開催されていた「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を観てきました。
展示は、初期の頃に描かれた自画像からはじまります。
そして次第に「ポーリング」と呼ばれる技法を駆使した作品へと変貌していく。
その過程が分かるように構成されています。
ピカソやミロに影響された作品を観ることもできました。

圧巻は、やっぱり大作 『インディアンレッドの地の壁画』
さまざまな線の織りなす色彩がキャンバスいっぱいに乱舞しています。
「何を描いたのか」をはじめから考える必要がない。
考えずにただ感じていればいい。
そう思うとリラックスできます。
リラックスして力を抜くと、思わず吸い寄せられそうでもあり、でもうっかり一定の距離を超えて近づくと、彼方に弾き飛ばされそうでもあります。

眺めていてふと思ったのは、ビッグバン直後の宇宙のこと。
137億年前のことだから、その場にいて見ていた人はもちろん誰もいません。
大体、「137億」などという数字は、生まれてこのかた、数えたこともありません。
想像の及ばない、遙かな昔に起こったとされるビッグバン。
宇宙を生成させたその「大爆発」直後というのは、さまざまな素粒子がせわしなく飛び交って、ちょうどこの絵のような感じに見えたのでは。

ぶつかりあった素粒子は、やがて宇宙を造り、銀河を造り、太陽を造り、地球を造り、生命を造っていくわけだけど、それはまだまだ、遠い先のお話です。

ちなみにこの絵(インディアンレッドの地の壁画)、評価額は200億円とのこと。
事前にもし聞いていたら、あまり「リラックス」して観ることはできなかったかもしれません。
つい、肩にも眼に力が入ってしまっていたのではと思う。
なにしろ、「200億」などという数字、生まれてこのかた、数えたことがありませんから。

それでは。


花の名前がわかりました

先日、読売新聞の朝刊を開いたところ、「まちかど四季散歩」というコーナーに掲載された写真に目が止まりました。
星形の花の小さい写真。
どこかで最近見たことが・・

と思って、はっと気がつきました。
前回のブログで「名前がわからない」と書いた、この花(↓)にとても似ています。

白い花

いろいろと調べてみたけれど、間違いなさそう。
この画像、「ハナニラ」という花でした。
別名、「西洋アマナ」。

名前が「ハナニラ」なのは、葉にニラやネギのような匂いがあるからだそうです。
花のかたちから、「ベツレヘムの星」と呼ばれることも知りました。

それにしても・・・
名前がわからない、と書いた数日後に朝刊にその花の記事が掲載される、というのは、なにか不思議なものを感じます。
「知りたい」という思いを、天のどこかにいる誰かが聞き入れて、「朝刊の写真」というかたちをとって差し出してくれたような・・・
ふとそんな気もしてしまうのでした。

「知りたい」と念じると、たちどころに答えが目の前に。
そういう「力」をもし自由に操ることができたら。
たとえば、「グリーンジャンボ宝くじ 一等賞金一億円」の当たりくじは、いつどこの売り場で買えばよいのか。
その答えの書かれた紙切れがある朝、枕元に置いてあったら・・

たぶん、こういう「知りたい」は、いくら強く念じてもダメでしょうね。
世俗的な欲望は、強ければ強いほど、手の届かない場所へ遠のいてしまうんだろうなと思います。

「知りたい」と思っていた花の名前がすぐにわかる。
とりあえず今のところ、それだけでもじゅうぶん満足です。


それでは。

小江戸川越、蔵の街へ

池袋から急行で30分。
川越の街を散策してきました。
「小江戸」と称されるようになったのは、「江戸時代を感じさせる町」といった意味合いがあるのだとのこと。
江戸は度重なる大火に見舞われた町です。
さらに「東京」になってからは何度も激変に遭遇しています。
関東大震災、空襲、戦後の復興、そしてバブルの時代の再開発。
いまやほとんど往時の面影を残さない「江戸」。
その名残を感じさせてくれる街、川越。
とても興味が惹かれますね。


旧川越街道をはさんで並ぶ「蔵づくりの街」の入口です。
蔵の街1
センターラインの黄色が空の青へと突き刺さっていきます。

ちょっと寄り道をしたら、こんな花を見つけました。
著莪の花
著莪(しゃが)の花、です。
アヤメに似た白紫の花にある、特徴的な黄色い斑点。
縁には糸状の細かい切れ込みがあります。
「胡蝶花」という別名そのままの、可憐な花でした。


人力車が街並みに溶け込んでいます。
蔵の街3


これは、埼玉りそな銀行川越支店。
大正7年に建てられた洋風建築です。
西洋と中近東が混じり合ったような不思議な建物。
国の登録有形文化財の指定を受けているのだそうです。
蔵の街4

近くで牡丹の花を発見。
牡丹
画像からはわかりにくいけど、西瓜にも負けないほど、大きい牡丹でした。
堂々とした、何のためらいもない自己主張。
牡丹はこうでなくては、と思います。

これは「時の鐘」。
明治26年に起きた川越大火の翌年に再建された鐘楼です。
時の鐘
塔は3層構造になっていて、高さ約16メートル。
現在、1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)、鐘の音を響かせているそうです。
ちょっとロンドンのビッグベンみたいですね。

「蔵づくりの街」を過ぎたあたりには「菓子屋横町」と呼ばれる一画があります。
たくさんのお店が並んでいて、目移りしてしまいます。
菓子屋横町1菓子屋横町2
菓子屋横町3菓子屋横町4
昔懐かしい「駄菓子」たちに、「買って帰れ」としきりに誘惑されました。
どれも驚くほど安いんだけど、買いすぎると荷物が増えてしまいます。
熟考の末、結局、「カルメ焼き」と「芋まんじゅう」だけ連れて帰ったのでした。

菓子屋横町から歩いて10分。
「本丸御殿」に到着です。
本丸御殿
川越藩17万石の居城、川越城。
その現存する遺構の内部を見学できます。
日当たりのいい濡れ縁に腰掛けて庭を眺め、にわか殿様気分に浸れれば、100円の入館料は安いもの。

御殿を出てしばらく行くと、道端にこんな花が。
白い花
カザグルマのような形の小さな白い花。
なんという名前なんでしょうね。
一面に星が散り敷いているみたいでした。

さて、歩くことさらに10分。
喜多院に着きました。
これは、多宝塔です。
喜多院多宝塔1
徳川家とは何かとゆかりの深いお寺。
たまたま、「宝物特別展」を観ることができました。
「家光公誕生の間」も公開されています。
「空間」は眼の前にあっても、「時間」まで遡ることはありません。
でも目をつぶれば、イメージは400年前へと飛んでいくのでした。


喜多院の境内には、五百羅漢たちが鎮座しています。
五百羅漢1

羅漢とは「悟りを開いた高僧」のこと。
全部で533体といわれる羅漢さんたちは、たとえばこんな表情をしています。
五百羅漢2

お日様を仰ぐような、こんな表情の羅漢さんも。
五百羅漢3

これは街のいたるところで咲いていたポピーです。
ポピー

日を浴びてあっけらかんと咲いています。
すでに悟りを開いているのかもしれません。


それでは。


認知症を生きる英国元首相

医者や家族の主観で判断されてしまいがちな認知症。
その評価をできるだけ客観的に行うための方法として 「長谷川式認知症スケール」 というものが考案されています。 『明日の記憶』 (2006年)という映画で、渡辺謙演じる認知症患者がこの方法で診断を受ける場面が描かれていたことを思い出します。

この方法では、被験者はさまざまな質問を受けます。
「お年はいくつですか?」
「今は何年・何月・何日ですか?」
「今いるところは何処ですか?」
というようなことに始まり、質問は次第にこみ入った内容に変化していきます。

たとえば、時計・鍵・たばこ・硬貨・ペンなど、5つの品物を見せたあとにそれを隠します。
そして「何があったか」を答えてもらう。
もしも自分が質問されたとして、たぶん4つまではすらすら答えられると思う。
でも、「ど忘れしてはいけない」という緊張のあまり、5つ目でつかえてしまわないだろうか、という不安は感じてしまいますね。

なかでもハードルが高いと思う質問があります。
「100から7を引くと、いくつですか?」と尋ね、「それからまた7を引くといくつですか?」と続けて問うていくもの。

「93-7=86、86-7=79・・・」

落ち着いて答えればなんとかなりそう。
ただ、掛け算九九を覚えはじめたころ、七の段はいちばん苦手でした。
遠い昔の苦手意識が頭をかすめ、心を乱してしまった途端にしどろもどろになる。
そんな怖れもなしとはしない、なかなか手強い質問だと思います。

さて、認知症の症状のひとつに、「幻影を見る」があります。
映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 では、亡夫の幻影につきまとわれる元英国首相サッチャーの姿が描かれます。
これはとても見応えのある映画でした。
政治家としての手腕に対するさまざまな毀誉褒貶。
とはいえ、すべて今は昔の物語。
ひとりの老女の幻影と回想が交錯して展開するストーリーには、「境い目」がありません。
過去と現在。現実と幻影。生者と死者。
此岸と彼岸でさえ、そのボーダーはあいまいです。

かって、誰よりもハードでリアルなパワー・ポリティクス(権力政治)の世界で生き抜いた女性。
「鉄の女」とまで呼称され、世界を瞠目させつづけた英国元首相。
「開戦」か「非戦」かの選択を迫られても決断することをためらわなかったその人にとって、いま世界はもうろうと霞んでいます。

「ひとりの人間」である老女が、たまたま元英国首相「マーガレット・サッチャー」という女性だった。
でもそれもこれも、すべては儚いうたかたの夢に過ぎなかったのかもしれない・・・
ひとりの稀有な政治家の伝記映画、という範疇を超えて、「人間ドラマ」として興味深く観ることができました。

さて、先程の、「100から7を引く」という「長谷川式認知症スケール」の質問。
幻影との生活に親しみ、同時にその幻影に苦しめられて生きるこの女性には、はたして答えることができるだろうか。
映画を観るかぎりでは、こういった質問をクリアできる状態のように見受けられました。
仮に答えに詰まったら、亡夫の幻影が傍らから助け船を出してくれそうにも思えます。

ただ、英語圏を中心とする西洋では、「7」は幸運をあらわす数字、「ラッキーセブン」です。
100が最後に「0」になるまでその「7」の引き算を強いる。
考えようによっては、いささか残酷で配慮にかける質問なのかもしれません。


それでは。

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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