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ある向日葵の立ち姿

自宅近くで見かけたヒマワリです。

向日葵

背丈よりもはるかに高いヒマワリを、首を傾け仰ぎ見る。
花は腰をかがめて見下すもの、とばかり思っていたので、意表を突かれてしまいます。

花の正面を太陽の方向にしっかと向けてたたずむヒマワリ。
子どもの絵の中で「擬人化」して描かれるのもうなづけます。

たしかに、孤高の中で悠然と呼吸をしている賢人のように見えますね。
その立ち姿には、ある種の気品さえも感じます。
困りごとがあったら、思わず相談を持ちかけたくなるような「頼もしさ」も備えています。
「まかせておきなさい」とでも言ってくれるような頼もしさ。

そのせいもあったのでしょうか。
福島第一原発の放射能漏れ事故を受けて、いっとき、土壌から放射性セシウムの除去・吸収を期待されたことがありました。
ただ、農林水産省の除去実験では、「ほとんど効果がない」との結果に終わったそうです。

人一倍、責任感も強そうなヒマワリのこと。
ひょっとして、「期待に応えられず、申し訳ない。」と自責の念に、人知れずうなだれてしまっているかもしれません。
人間が作りだしてしまった放射性物質。
その後始末は、ヒマワリにとっても「手に余る」ものだったんでしょうね。

でも、誰にでも、できることとできないことがあります。
あまり深く落ち込まず、いつまでも堂々と日の光を追いかけ続けてほしい。

 向日葵は 金の油を身にあびて ゆらりと高し 日のちひささよ (前田夕暮)

なにかのときには、また頼りにさせてもらうこともあると思います。
そのときまで、「ゆらりと高く」、その立ち姿を見せていてください。
そしてその高さから、ぼくたちみんなの町を見渡していてください。


それでは。


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映画『いわさきちひろ~27歳の旅立ち~』

ナルシソ・イエペスのギター演奏が印象に残る 『禁じられた遊び』 という映画があります。
戦争が、幼い子どもたちにどのような傷跡を残すのかを、声高にではなく、それでいて痛烈に描いた映画です。
いわさきちひろの 『戦火の中の子どもたち』 という絵本は、この映画の「ミシェル」という少年を思い出させます。
絵本の中で、少年は、襲いかかる理不尽な暴力を、口を引き結んでにらみつけます。
幼い女の子は、ただ無防備に、母親の腕に抱かれています。

『いわさきちひろ~27歳の旅立ち~』 という映画を観てきました。
50人もの人たちとのインタビューに基づいて構成されたドキュメンタリー映画です。
素材の力を信じ、素直に丁寧に、愛情を込めて作られた映像だと思います。

さまざまなことをはじめて知りました。
最初の結婚の2年後に自死してしまう夫がいた、ということ。
彼の自死が、ちひろ自身の「拒絶」に起因するものであったということ。
そのようにして、人生の出発点で彼女が大きな負債を背負ってしまったということ。

90分という短いドキュメンタリーだけど、いろいろなことを考えさせられる映画でした。
戦後の困難な時代を生き抜いた、ひとりの画家の女性史として観ることもできます。
子を持つ母親の普遍的な愛情が、どのように作品となって生まれ出てくるものなのかを追体験することもできます。
そしてその愛情が、戦争を忌避する心情と表裏をなすものであることも。


戦後、再婚して子どもを得たちひろが描く絵は、しだいに変化していきます。
絵の中で「子どもたち」は、安易に微笑んだりはしません。
かといって、泣き顔を見せるわけでもない。
次の瞬間にはそのどちらの表情に移るかわからない。
そんなあやうい刹那にいる子どもたちが、淡い色彩と、その色彩のにじみを通して描かれます。
その刹那を左右するのは、みんな「大人たち」なのだということ。

「子どもたち」は、多くは花とともに描かれます。
花と並んで、花を背景に、ときに花を大きく前景にして。

その色彩の中で、とりわけ目に鮮やかに映るのが「うすむらさき」。

「野菊」という題名の、こんな詩があります(作詞:石森延男)

  遠い山から 吹いて来る
  小寒い風に ゆれながら
  けだかくきよく 匂う花
  きれいな野菊 うすむらさきよ

  秋の日ざしを あびてとぶ
  とんぼをかろく 休ませて
  しずかに咲いた 野辺の花
  やさしい野菊 うすむらさきよ


萩原朔太郎の『純情小曲集』にも、有名な一節があります。

  こころをばなににたとへん
  こころはあぢさゐの花
  ももいろに咲く日はあれど
  うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。


前述の『戦火の中の子どもたち』という絵本には、シクラメンの花びらのなかに溶け込んでしまった子どもたちの顔があります。
無表情なのではなく、表情を奪われてしまった子どもたちです。

映画のパンフレットによると、アニメーション映画監督の高畑勲氏は、『戦火の中の子どもたち』に強くインスパイアされたとのこと。
そして『火垂るの墓』の映画化に際しては、スタッフ全員にこの絵本を見てもらったのだそうです。
この映画では、4才の節子が兄にこう尋ねるシーンがあります。

「蛍、なんですぐに死んでしまうん?」

そういえば、冒頭の『禁じられた遊び』という映画でも、幼い女の子(ポレット)は、小動物たちのお墓をいくつとなく作っては十字架を立ててあげていました。

何もしらず、ただはかない命を愛おしむ幼い子どもたち。
いわさきちひろは、そんな子どもたちを、うつくしい色彩の中ににじませ、花に重ね合わせて描き続けていたんですね。


それでは。


善光寺から白馬へ

長野・善光寺東側の城山公園。
その中に立地している信濃美術館に併設された「東山魁夷館」に行ってみました。

東山魁夷館

圧巻は、「夕静寂」というタイトルの一枚。
北アルプスの奥穂高が描かれています。
画面全体を覆うブルー。
最初は青一色と思えていた山容に、じつはさまざまに異なる色彩が溶け込んでいることが見えてきます。
そして、画面下部には、細くて白い一筋の瀧。
見えない水しぶきから、幻想的な気配が濃密に漂ってきます。

さて、美術館のあと、近くの善光寺を見学し、送迎バスで宿泊ホテルまで90分。
場所は、ホテルグリーンプラザ白馬です。

グリーンプラザ白馬1

万緑の中、とつぜん現れる、巨大な建築物。
赤い三角屋根が色鮮やかです。
赤は緑の補色だからでしょうか。
互いに引き立てあって異国情緒を盛り上げています。

グリーンプラザ白馬2

ホテル内のカフェで注文した「カフェモカ」に「うさぎ」の顔が。
さりげないけど楽しいサービスですね。

カフェモカ

ホテルの周りをすこし歩いてみました。
道端に、ぽつりとムラサキツメクサが咲いています。

ノアザミ

これは、ヤマアジサイ。
どんな色の花を咲かせることになるのでしょうか。

ヤマアジサイ

キンポウゲみたいな花を発見。
近似種なのかも。

キンポウゲ

この花もよくわからない。
ツルフジバカマでは、とも思うけど、どうなんでしょう。

不明

蝶が二匹、仲良く花の蜜を吸っています。
たぶん、恋人同士です。

蝶々

「クモマベニヒカゲ」という名前の蝶に似ているようにも思えます。
全然違うのかもしれません。
どちらにしても、高山特有の蝶々たちです。

風がそよぐたびに、花の上でバランスをとろうと羽を動かす二匹の蝶。
耳を澄ませばかすかに羽同士の触れ合う音が響きます。
睦み合う蝶々たちが奏でるオノマトペ(擬音語)です。


それでは。
プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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