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風が見える映画でした(映画『風立ちぬ』)

宮崎駿監督の最新作『風立ちぬ』を観てきました。
公開初日、午前最初の上映です。
場所は有楽町・スカラ座。
すべての座席が埋まって、場内が期待と緊張で静まる中、上映が始まります。
そして120分後。
エンディングテーマ曲に選ばれた「ひこうき雲」が流れます。

 空にあこがれて
 空をかけてゆく
 あの子の命はひこうき雲


まるでこの映画のために書かれたような詩が、もの憂く美しく、どこかさわやかさを湛(たた)えたメロディに乗って流れます。
曲が終わり、場内が明るくなる直前の一瞬の静けさ。
気がつくと、あちらこちらからは、拍手の音も響いて聞こえてきました。
そのとき、映画館にいる650人以上のすべての観客が、束の間、一体になっていました。

とても不思議な映画です。
零戦の設計者として知られる堀越二郎と、作家堀辰雄による同名小説『風立ちぬ』の世界とがひとつに溶けあわされて描かれます。
また、主人公が見る夢の中では、彼は、まったく別の世界に住む人物とごく自然にコンタクトし合います。
現世享楽的なそのイタリア人飛行機設計家は、主人公に「夢」の方向を示唆します。
「夢」を追うことで負うことになるかもしれない「負債」も垣間見せます。
その「あやうさ」も突きつけます。

描かれるシームレスな世界、その至るところには「風」が吹いています。

田園風景の中、木々をそよがせる春の風。
蒸気機関車が巻き起こす疾風。
日傘を吹き飛ばしてしまう高原のつむじ風。
紙ヒコーキを空高く舞い上がらせる青葉風。
関東大震災に伴う火事が巻き起こす火災旋風。

クリスティナ・ロセッティの詩(西條八十:訳詞)も、効果的に挿入されます。

 誰が風を 見たでしょう
 僕もあなたも 見やしない
 けれど木の葉を ふるわせて
 風は通りぬけてゆく


風が吹かない場面がひとつだけあります。
主人公が恋人(菜穂子)と初夜の床入りをするシーンです。
残された時間は限られている。
そのことを分かりすぎているほど分かっている二人の初夜です。
あふれるほどのせつなさと、アニメならではの清潔な静謐さ。
この場面では風さえ遠慮して、そよりとも音を立てません。

映画パンフレットによると、宮崎監督は、主人公のキャラクターに詩人の立原道造も重ね合わせているとのこと。

立原道造は、24才で結核のため夭折した詩人です。
堀越二郎が東京帝国大学工学部に入学した10年後、彼も同じ工学部建築学科に入学しました。
立原道造は、小説『風立ちぬ』の作者である堀辰雄とも文学的に浅からぬ関わりがあります。
堀越二郎と堀辰雄とを結ぶ架け橋のような存在。
宮崎監督は、彼をそのように意識していたのかもしれません。

映画の中で、堀越青年は、「サバの骨の曲線」を見ても、そこに「美しさ」を感じて「にっこり」します。
「美しさ」は、それを「美しい」と思う心があって生まれるものであることが描かれます。
立原道造が残した詩にもまた「 美しいものになら ほほゑむがよい」という一節がありました。

その立原道造は、中原中也の死の二年後、「第1回中原中也賞」というものを受賞しています。
同じ年、ほどなくして彼もまたその短い生涯を閉じました。

いっぽう、中原中也も、堀越青年や立原道造と、西條八十や堀辰雄と、同じ時代を駆け抜けた詩人です。
彼はこんな詩(「盲目の秋」)を残しました。

  風が立ち、浪が騒ぎ、
    無限の前に腕を振る。

  その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、
    それもやがては潰れてしまふ。

  もう永遠に帰らないことを思って
    酷白な嘆息するのも幾たびであろう……

  私の青春はもはや堅い血管となり、
    その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

  それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)へ、
    去りゆく女が最後にくれる笑(えま)ひのやうに、

  厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでゐて侘しく
    異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

  風が立ち、浪が騒ぎ、
    無限のまへに腕を振る。


この時代を生き抜いたすべての人たちの上を、風が立ち、斉しく吹き抜けていった。
時代は変わったけれど、同じ風はいまもすぐそこに、目の前に、吹いています。
人から人へ、過去から未来へ、無限に向けて吹き続けています。


それでは。





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スルメイカは前歯でかじる

前回のつづきです。

落ちた前歯は、無事、応急処置をしてもらうことができました。
行きつけの歯医者さんがいると、緊急時に無理を聞いてもらえるから助かります。

ただ、歯医者さん曰く、「この際、根本的に治療したほうがいいと思うけど、どうします?」とのこと。
あらたまって「どうします?」と聞かれるとあれこれ迷います。

「いえ、表面的な治療でけっこうです。"今"さえしのげればいいです。明日になれば明日の風が吹きますから」

と返事をしてみたい。
そんな誘惑が一瞬、頭をかすめました。

でも、診療台に仰向けになった状態というのは、「拒否」の言葉をためらわせます。
上から覗き込まれることの圧力が、ひたすらな「恭順」を促すからでしょうか。
実際、歯医者さんに口答えなどしたことは、これまで一度もなかったと思います。

「はい、もう、根本的に、思う存分、治療してください」

けっきょくこういう返事になってしまったのでした。
まあ、冷静に考えれば、これを機会に根っこから治してもらうほうがいいに決まってますね。
ということで、これから週に一度、長い長い治療がはじまります。

帰りがけ、歯科助手の女性に注意されました。

「固いものは避けてくださいね。前歯は仮止めしているだけですから」

固いもの。仮止めを剥がしてしまう「固い」食べ物。
具体的にはなんだろう。
しばし考えて、尋ねてみました。

「たとえば・・・スルメイカなどはダメですか?」
「そうですね。ダメです」

即答でした。
ためらいをみせない、毅然たる「否定」。
彼女がぼくから、いかなる「圧力」も感じていないことがよくわかります。

いずれにしても、大切なのは疑問に思ったことをその場で解決する態度です。
信念を持って、何ものにも屈せず、聞くべき事を聞き、糺すべき事を糺す。
こういう姿勢は、これからも貫いていきたいです。
診療台から降りると、とたんに勇気が湧き、強気になれる気がします。

それにしても、なぜ「スルメイカ」がとっさに思い浮かんだのか。
この数年、かじったこともない「スルメイカ」。
それなのに歯科助手の女性には、ぼくが毎日のように「スルメイカ」をかじっていると誤解させてしまった。

どうせ誤解されるなら「フランスパン」を例に出して尋ねるべきでした。
「白いテーブルクロスとフランスパンのある食卓光景」と「カップ酒を手にひたすらスルメイカを食いちぎる光景」。
時宜に応じてイメージを自在に演出する戦略性は、ビジネスシーンでも求められる必須の能力といえるでしょう。
たぶん。

前歯を不意に「喪失」する、という今回の体験は、こうしてすこしばかりの哀しみと反省を後に残して終わったのでした。

それでは。



落ちた前歯

差し歯にしていた右の前歯がいきなり抜け落ちました。
前触れらしきものは一切なしに落ちました。
ただ音もなく落ちました。
鳴くだけ鳴いて虚脱したセミが、夏の終わりと共に木から落ちるように落ちました。
まだ夏は始まったばかりだというのに、断りもなくぽとりと落ちました。

思い起こせば、この歯を差し歯にしてもらったのは高校生のとき。
以来、これまでの長日月、食材が喉を通過する前の最初の関門として働き続けてきてくれました。
剥がれ落ちたのか、それとも欠け落ちたのかはわかりません。
どちらにしても、この歯はもう元の位置に戻ることはない、という確かな予感があります。
ほんとうに長い間ごくろうさまと、心からねぎらってあげたくなります。

問題は、このあとをどうするかです。
3連休の真ん中で、行きつけの歯医者さんに駆け込めるのはあさってまで待たないといけません。
第一、その日に予約を入れてくれるかどうかもわからない・・・
しばらくはこの状態でしのぐことを覚悟する必要がありそうですね。

口を開くと、やたらに風通しがよくなってしまっています。
息が漏れ、調子外れのリコーダーのような音が流れ出そうです。
試しに鏡に向かって発声練習してみました。
幸い、発音にはほとんど支障なし。

ただ、欠けた前歯から覗く空洞が、どことなくひょうきんに見えます。
あるべきものの不在が「ひょうきん」なものを生むとは思いませんでした。
これもひとつの発見です。

などと感心している場合ではありません。
差し当たって、休み明けに大事な仕事が控えています。
求められるのは「ひょうきん」ではなく「責任」であり「信頼」です。
できるものならば「風格」や「威厳」さえ漂わせたいところ。
なのに右前歯の欠落という状況で臨むのは、かなり厳しい気がします。
試合後半の勝負どころでFWを一発退場させられたサッカー日本代表みたいです。

鏡を見ながら、さらに発声を繰り返してみると・・・。
それほど唇を開かないでも、発話できることがわかりました。
目前に迫っていることが飲み会の約束であったらよかったのにと思います。
いっこく堂のように「抱きかかえた人形に語らせる」という選択ができたかもしれないから。

繰り言を言っても仕方がありません。
ともかく最善を尽くすだけ。
饒舌を控え、ややうつむき加減に、慎重に言葉を選んで「責任」を全うしたいと思います。
用談の前後に交わす雑談の際には気を使いそうです。
大きく口を開けての馬鹿笑いなどもってのほか。
アルカイックなスマイルを心がける必要がありますね。
古代ギリシャ彫像が口元に浮かべるような、あのミステリアスな微笑です。

鏡に向かって練習してみました。
ただ「ひょうきん」なだけに見えました。


それでは。




うしろ姿は見えない

庭でホタルブクロが咲きました。

ホタルブクロ1

名前の由来には、3つほどの説があります。

1.子供が捕まえたホタルをこの花に入れて遊んだから。
2.ホタルが出るころに花が咲くから。
3.ぶら下がって咲く花が提灯(火垂る袋)に似ているから。

提灯に似ている、というのは、ほんとにそのとおりですね。

ホタルブクロ2

「釣鐘草(ツリガネソウ)」という別名があることもうなづけます。

ということで、ホタルブクロは咲いたけど、ホタルの姿はどこにもありません。
だから、捕まえたホタルをこの花に入れて遊ぶ子供たちを見るということもなし。
片隅とはいえ都会に住んでいるのだから、仕方がないです。

ホタルはいないけど、テントウ虫ならいます。
自宅の壁に留まっているのを発見しました。

テントウ虫

ホタルのように光ることのないテントウ虫。
光らない我が身を省みて「肩身の狭い」思いをしていることでしょう。

でも、背中のふたつ星には、なかなか愛敬があります。
外の光を反射して、きらきら輝かせているように見えます。
自分では気がついていないだけなんでしょうね。

どこかから誰かのつぶやきが聞こえてきました。
このつぶやきは・・・
そうだ、あの人です。
相田みつをです。

  自分のうしろ姿は
  自分じゃみえねんだなあ

「鏡を使えば見える」などと身も蓋もない突っ込みはやめましょう。
ニンゲンはとかく屁理屈を言いたがります。
このフレーズ、じつはテントウ虫にこそ当てはまる名言だったのかもしれません。


それでは。


プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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