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日常生活に潜む「陥穽」

日常生活に潜む「陥穽」とでもいうべきものに、ある日とつぜん直面することがあります。
そして「じぶん」を見失いそうになる。
心して気を付けないといけないなあと思います。

きっかけは「ポカリスエット」でした。
街を歩いていて、急に飲みたくなった「ポカリスエット」。
いちど思い立つと、何が何でも飲みたくなるものです。

すぐ目についた自動販売機の前に立ち、硬貨を投入しました。
百円玉が一枚と十円玉が五枚。
ランプの点灯を確認し、ボタンを押します。
ところが・・・
「ごとん」という、あの落下音が聞こえません。
背中からは自動車のエンジン音や公園で遊ぶ子どもの声が聞こえてきます。
でも、目の前の自動販売機は「うん」とも「すん」とも言いません。

きっと機嫌でも悪いのだろう。
そう好意的に解釈して、返却レバーを押しました。

今度は、硬貨の落ちる音が聞こえます。
返却口に指を入れて取り出してみると・・・
戻ってきたのは5枚の十円玉。
なぜか百円硬貨だけ、自販機内に取り残されてしまったのでした。

6枚投入した中で、百円硬貨だけ選択的に拉致をする。
ここには、機械の「意思」が働いているとしか思えません。
目には見えない「悪意」のターゲットにされてしまったのでしょうか。
「奸計」とか「隠謀」というような言葉が浮かんでは消えます。

こういう場合の正しい振る舞いはなにか。
脳内をサーチして得た答えは、「自販機を蹴る」という対処法です。
「蹴る」ことによって機械に「いまなすべきこと」を思い出させる。
人を欺くことが「割りに合わない」ことを知らしめる。

では、どこを「蹴る」のがいちばん効果的か。
正面がいいのか、それとも右側面か。
・・・などと思案をしていると、背後にランドセルの列が通りかかりました。
元気にはしゃぎながら、数人の小学生がすれちがっていきます。
その途端、はっと我に返ってしまいました。

自分はいったい何を考えていたのか。
子どもたちの見ている目の前で、何をしようとしているのか。
百円玉ひとつのことで、機械に向かい、その理非を明らかにしようと思うことのむなしさ。
いっぺんに目が覚めてしまいました。
このとき、おそらくぼくの瞳はきらきらとうるんでいたと思います。

ふと、『野良犬』という映画の一シーンを思い出しました。
1949年に作られた、黒澤明監督作品です。
ラスト近く、泥土の中で、草むらの上で、必死に格闘をする刑事と犯人。
ようやく組み伏せられた犯人の耳に、子どもたちの明るい歌声が聞こえてきます。
「ちょうちょ ちょうちょ 菜の葉にとまれ~♪」
とたんに彼は顔をゆがめて泣きはじめます。
身も世もあらぬほどの号泣。
このとき、彼の中にも「自分はいったい何を」の思いが繰り返しわき上がっていたんでしょうね。

ということで、「ポカリスエット」は別の自販機であらためて買い求めました。
けっきょく、250円を費やして購入したことになります。
都会に潜む「陥穽」から逃れ出た代償と思えば安いものです。

それでは。




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台風の朝に想う、あのときの少年少女たち

映画の中で出会った少年や少女が今どうしているか。
ふと気になることがあります。
スクリーンの中だけの架空の存在である筈なのに、彼らの「いま現在」が気になる、というのは不思議といえば不思議な話ですね。

たとえば『泥の川』 (1981年:小栗康平監督)で、廓舟に乗ったまま河口へと消えてゆく「喜一」とその姉「銀子」。
物語の舞台は昭和31年だから、当時、それぞれ10才と13才ぐらいのこの二人、いまも健在だとすれば、60代後半になっています。
廓舟を降り、高度成長の波に乗って土地を持ち、じぶんたちの人生を築くことができていればいいんだけど。

それから『家族ゲーム』 (1983年:森田芳光監督)で、家庭教師の松田優作にビンタされながら受験勉強にいそしむ中学生。
あれから30年経ったから、いまでは40代の半ばになっています。
どんな家族を作って、どんな食卓を囲んでいるのか、毎朝の目玉焼きはどんな風に食べているのか、などと、あれこれ想像してしまいます。

そして、忘れがたいのが、1985年に公開された『台風クラブ』 (相米慎二監督)。
主人公は、長野の中学に通う中学三年の少年少女たちです。
台風の接近が、彼らの内側に潜むものを次第に沸騰させる。
隠れた不満や憤まん、そして欲望がはげしく噴出してしまいます。
世の中にはびこる欺瞞や不条理に気持ちをかき乱され、荒れ狂う自意識に押し潰されてしまう少年もいます。
彼は、三浦友和演じる、理想を忘れた担任教師に食ってかかります。

「僕はあなたを認めない!」
「どんなに偉いか知らないが、15年もたてば今の俺と同じになるんだよ、あと15年の命なんだよっ!」
「僕は絶対にあなたにはならない、絶対に!」

工藤夕貴が演じる少女は、台風に背中を押されるように家出をし、東京に向かいます。
そして、出口のないままわだかまっていた思いを、見ず知らずの自称大学生に向かって吐き出します。

「わたし、いやなんです、閉じこめられるなんて。閉じこめられたまま年を取って、"土地の女"になっちゃうなんて!」

このときから25年が過ぎました。
彼と彼女が、もしその後の人生を全うしているとしたら……
「彼」は、「認めない」と宣言した「あなた」にならずに、不惑を迎えることができたのでしょうか。
「彼女」は「土地の女」にならず、あめんぼうのように自由に、原宿界隈でも闊歩しているのでしょうか。

・・・・などということを、今朝、大型台風26号による雨と風で家から出られないあいだ、なんとはなしに、考えてしまっていました。
ぼくも「不満」や「憤まん」や「うっぷん」ならば、いまだにたくさん抱え込んでいます。
聞いてくれる人さえいれば、ハンカチ片手に問わず語りができるぐらいに。
でもこんなにすごい台風が接近しても、とくにそれが「沸騰する」ということがない。
濁流となって溢れ出す、ということがない。
どうしてなんでしょう。

きっと、とっくの昔に、自分の中で、飼い慣らしてしまっているからなのかもしれません。
「自分の中」にあるものなら、それを飼い慣らすなんて、造作もないことです。
いばるわけではないけど、なんといっても、もう「大人」ですからね。


それでは。



芦ノ湖畔でふと思ったこと

「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの」

『母の遺産』 (水村美苗:中央公論新社)という小説の、挑発的な惹句です。



長い確執の果てに、施設に入居し、やがて入院する母を介護することになる主人公。
ついには延命治療の要否について、決断を迫られてしまいます。

老いて重荷になってきた時、その母親の死を願わずにいられる娘は幸福である。どんなにいい母親をもとうと、数多くの娘には、その母親の死を願う瞬間ぐらいは訪れるのではないか。それも、母親が老いれば老いるほど、そのような瞬間は頻繁に訪れるのではないか。(479頁)

水村美苗の文章は、いつもとても丹精です。
その丹精かつ正確な文章で綴られるのは、母親と娘との間に繰り広げられる葛藤であり、かなりこみ入った「心理の襞」です。

人生に対して貪欲で、アグレッシブに勝手気ままに生き抜いた母。
そのさまを間近で見つづけた娘が、人生に対して防御的になり、知らぬうちに受け身の姿勢が身になじんでしまう。
人生の岐路で自ら選んだと思い込んでいたもの。
でもそれは「選んだ」のではなく、「選ばされていた」もの、「選ばざるをえないから選んだ」ものだった……

ぼくは「母親」にも「娘」にもなったことがないし、今後なる予定もありません。
だから、ここで描かれるような母娘の関係というものは、実感としてはわからない。
わからないながら、すごいなあとひたすら圧倒されてしまったのでした。

さて、物語の後半、主人公は、芦ノ湖畔のホテルに長逗留します。
そこで母親の死の意味と向き合い、自身の生き方を見つめます。
没り日を照り返す湖面のさざなみが、彼女の内面におだやかに働きかける。
来し方行く末に思いを馳せ、「自分」の人生を選び直し、「道を自分で切り開く」決意するのに、「芦ノ湖畔」と「閑静なホテル」の取り合わせは、なかなか効果的です。

ということで、この舞台となったホテルに泊まってみたくなりました。
問い合わせてみたけど、あいにく部屋がとれません。
代わりに予約できたのが、箱根園に近い、「龍宮殿」という旅館。

部屋の窓から目の前に広がる眺望です。

芦ノ湖

空の青よりも淡い色合いの湖面が印象的です。
凪いだ湖、というのは、ある種の鎮静効果があるんだなあと思いました。

これは、道の辺で見つけた秋海棠。

秋海棠

ホトトギスの花も、雑草に混じってなにげなく咲いていました。

ホトトギス

この日は、箱根観光定番の、箱根関所や遊覧船など、ファミリーなコースを楽しみました。
意外と楽しかったのが、「箱根園水族館」です。
「日本一、標高の高いところにある海水水族館」なのだ、とのこと。

水族館

思わず立ち止まって見入ってしまったのがこれ。

イワガメ

「イワガメ」という亀なのだそうです。
水の中、大きく口を開けて天を睨み、微動だにしません。
口の中に小さく見える、赤いぴらぴら。
舌、なのでしょうか。
これを動かすことで小魚をおびきよせ、ぱくり、と食べてしまう。
なんという「受け身」な、他人まかせの生き方でしょうか。
見ているうちに、「そのライフスタイルは、人としていかがなものか」と説教をしたくなってしまいました。
でもイワガメは亀だから、なにを言っても効き目はありません。

さらに見ていると、次第に、この「揺るぎない頑固さ」が親しいものに思えてきます。
「受け身」もここまで徹すれば、これはもう立派な「哲学」ではないだろうか
そもそも、あくせく生きて働いて、それが何になるのか。
なんだかイワガメに説教をされているような気がしてきました。

島崎藤村も、かつて千曲川にその旅情を詠っています。

 昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ
 この命なにを齷齪(あくせく) 明日をのみ思いわずらふ


イワガメのオーラに感化され、気分があらぬ方向に引き込まれていきます。
こんなことではいけません。
急いで水族館を出て、芦ノ湖の景観を眺め渡しました。
「道は自分で切り開く」という思いを、あらためて奮い立たせるために。

戯曲『女の一生』で、杉村春子さんも言ってました。

<誰が選んでくれたのでもない,自分で選んで歩きだした道ですもの>

・・・「あくせく」と生きていかないといけないんでしょうね。
まだまだとうぶんのあいだは。


それでは。



日帰りで行く「中之条ビエンナーレ」

「中之条ビエンナーレ」に行ってきました。
群馬県の中之条で2年に一度行われる、現代アートの祭典です。
町全体、そして山や森や高原。
展示の舞台は広汎です。

早朝に東京を出て、中之条到着が10時過ぎ。
予約しておいた「日帰りツアーバス」に乗り込みました。
バスツアーのコースは3つあります。
選んだのは「六合渓谷コース」。
バスは一路、「暮坂高原」へと向かいます。

広々とした空間を利用したオブジェが随所に点在していました。

中之条ビエンナーレ0

中之条ビエンナーレ3

中之条ビエンナーレ5

高原の一画で咲き誇る、フジバカマの群生。
アサギマダラが舞い飛んでいました。
中之条ビエンナーレ4

ちょっと数が数えられないほどたくさんのアサギマダラ。
「地上の楽園」などという、手垢の付いた言葉が浮かんできてしまいました。

昼食をはさんで、バスは、古民家や土蔵、廃線となった鉄道跡、などを廻ります。
たとえば、古民家の中に入ると、こんな感じです。

中之条ビエンナーレ6 中之条ビエンナーレ7 中之条ビエンナーレ17 中之条ビエンナーレ9

そしてこれは、かつて養蚕農家だった民家での展示。

中之条ビエンナーレ10 中之条ビエンナーレ11
中之条ビエンナーレ12 中之条ビエンナーレ13

人形たちには、ほんもののカイコの糸が使われているみたいでした。

静かに滅んでいくものや、ただ朽ち果てるの待つもの。
そういった場所で展示されるアートたちです。

「時間と記憶」とか、「存在と不安」とか、たまにはむずかしいことを考えようと準備していたけど、次々に接するアートの数々に、ただただ「へえ~」と驚くばかり。
驚きながら、すっかり楽しんでしまったのでした^^

廃止された鉄道駅の前には、さりげなくこんなアートも。

中之条ビエンナーレ8

紙粘土で造られた人形は、森の妖精みたいです。
そしてこれは・・・

中之条ビエンナーレ2

ただの「クリ」です。
アートでもオブジェでもありません。
そしてこれ。

中之条ビエンナーレ16

森の入口で見かけたこの掲示板。
「注意」と言われても、どう「注意」したらいいんでしょうね。

ツアーが終わって思ったのは、アートと「町や自然」とのボーダーがあいまいになってしまったこと。
目に入るものがことごとくアートに見えてきます。

この立て看板も、もし日比谷公園の中に立てれば、「アート」に変身するかもしれません。

「中之条ビエンナーレ」、開催は10月14日までです。


それでは。



プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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