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赤い屋根が燃えるとき(映画『小さいおうち』のこと)

公開中の映画『小さいおうち』を観ました。
山田洋次監督の最新作です。

赤い屋根の小さいおうち。
舞台となるのは、食べることにはまったく困らない、恵まれた家庭です。
富豪とか大金持ちとはいえないまでも、じゅうぶんに豊かな家庭です。

高台に建てられた、こぢんまりした洋風の建物。
屋根には赤い瓦が葺かれています。
「赤い屋根」は、平和であたたかい、幸せの象徴のようです。

でも、そんな屋根の下に暮らす人たちにも、いろいろなトラブルは起こります。
悩むこともあるし、「ひみつ」だって隠し持ちます。

昭和10年から終戦まで、揺れ動く時代の波が、この赤い屋根の家を揺さぶります。
最初はひたひたと、次第に音をとどろかせて押し寄せる波、また波。
最後にその「波」は、頭上から火の玉(焼夷弾)の形となって襲いかかり、赤い瓦を突き抜けます。
住む人の「ひみつ」も「悲しみ」も、その一切合切は紅蓮の炎に包みこまれます。
そして火を噴く赤い屋根。
もはや「赤」は幸せを象徴する色ではありえません。
人の心から流れ出る血の色のようにも見えます。

原作の枠組みを借りて、原作のテーマからはすこし距離をとって、山田洋次監督ご自身がいまいちばん描きたいモチーフを、声高ではなく、淡々と丁寧に描かれていた、そんな感じがしました。
倍賞千恵子さんは、ずいぶんお年を召してしまわれたんですね。
でもまだまだとってもお綺麗でした^^


それでは。






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「図書カード」というメッセージ

ときどき利用している図書館があります。
ある日、予約した本を受け取りに行ってみると・・・・
なにやらものものしい装置が入り口に設置されていました。
本を不正に持ち出せないようにするシステムです。
こういうシステムを必要とする「状況」が実際にあるんでしょうね。
「人心の荒廃」というような言葉が頭をよぎります。

このシステムが実際に作動する瞬間に居合わせる。
そういう現場を目撃した経験はまだありません。
もし作動すると、どんな騒ぎになるんでしょう。
けたたましい警報とともにいっせいに点滅する赤ランプに取り囲まれ、「悔い改めよ、悔い改めよ」という合成音が館内にとどろき渡る・・・

これはこわいです。
極彩色の悪い夢の中に放り込まれたみたいで。
すべて人間には「最後の審判」が待ち受けているとすれば、そのときやっぱりこういうゲートを通り抜けることになるのでしょうか。
やましいことなんてひとつもない、と胸を張って通りたいものだけど、まあ、長い人生、誰にだってありますよね、「悔い改めないといけない」ことのひとつやふたつ、みっつやよっつ・・・・
心静かにただ図書館を利用したいだけなのに、なんとも余計な物思いを誘うシステムが導入されてしまったものです。

図書館のシステムは、いつのまにかずいぶん進化してしまいました。
予約がネットでできてしまうというのは、すごく便利です。
検索をかければ、たいていの本はすぐに見つかります。
窓口での貸し出し手続きも、バーコードをピッピッと読み取ってそれでおしまい。
図書カードなるものも、とっくに「過去の遺物」になってしまったみたいです。

誰が読んだのか履歴の残る図書カード。
かつてはたしかにそういうアナログな方式で本が貸し出されていました。

映画『耳をすませば』では、ヒロインが本を借りると、先回りするかのように同じ名前が記されています。
いったい、どんな人なのか・・・甘やかな恋の「きっかけ」として、図書カードが使われていました。

中山美穂主演の映画『ラブレター』では、タイトルどおり、図書カードが時空を超えたラブレターの役割を担います。
ヒロインに残された最後のメッセージ、その本のタイトルが『失われた時を求めて』だったというのも印象的です。

どちらのケースにしても、今だったら、個人情報保護の観点から大問題になりそうですね。
図書館のシステムは日進月歩。
アナログなものは片隅に身を移し、いつのまにか消えてしまいます。
進化が止まることはないし、元に戻ることもないでしょう。

いずれ宅配サービスシステムが導入される日が訪れるかもしれません。
もしそれが可能となったら「便利さも極まれり」という気がします。
ゲートを通り抜けるたびに「悔い改めないといけない」かどうか自己点検する必要もなくなるし^^


それでは。


「大竹しのぶ」という女優(こまつ座公演『太鼓たたいて笛ふいて』)

紀伊國屋サザンシアターで公演中の『太鼓たたいて笛ふいて』を観てきました。
『放浪記』や『浮雲』で知られる作家・林芙美子を描く、井上ひさし原作の評伝劇です。

太鼓たたいて笛ふいて

林芙美子を演じるのが大竹しのぶさん。
このタイトル、どんな意味なのか、気になりますね。
太鼓をたたいて笛をふけば、その音色に誘われて鼓舞されて、人は前へと進みます。
耳に心地よく、あるいは勇ましい音色であればあるほど、その足取りははずみます。
ちょっと「ハーメルンの笛吹き」などというお話が思い出されます。

じつは林芙美子も太鼓をたたきました。
笛をふきました。
そのようにして戦時中、従軍女流作家としての彼女は、軍の宣伝に一役買いました。
というか、おおいに活躍しました。
彼女自身、あるひとつの「物語」を盲信し、文章を書くことによりその布教に手を貸してしまった。

でもそれが取り返しのつかないことだったことに気づく時が来ます。
自らの「非」を悟った彼女は、戦後、猛然として「別の」物語を書き始めます。
戦争未亡人や傷痍軍人や、そのほか戦争で傷を負った市井の人たちを見据えた「物語」です。
創作に没頭する中で、その営みはいつしか鬼気さえ帯びてきます。
自らの過去を「清算する」ことの困難に立ち向かいます。
心臓に持病を持つ彼女にとっては、凄絶な消耗戦ともいえる戦いです。

とてもむずかしいテーマが取り上げられているなあと思いました。
「物語」を供給する側にあるすべての人たちにとって「他人事」では済まないテーマです。
同時に、「物語」を受け取る側にいるぼくたちにとっても、そのむずかしさは同じです。
耳を研ぎ澄まし、「音」を聞き分けること。
「ハーメルンの笛」にずるずると引きずり出されるネズミの群れにはならないために。

舞台上の大竹しのぶさんから、いっときも目が離せませんでした。
とくに後半、第二幕がすばらしかった。

戦争で心に傷を負ってしまった若者がいます。
彼が自身の胸の内を哀しいまでに滑稽に吐露する長台詞の場面。
彼女はじっと佇み、その叫びを聞きます。
何も言わず、ただ黙っている聞いているだけです。

特に演技をしているとも思えないはずのそのとき。
言葉にできないすべての思いが濛気となって、彼女の小柄な姿を包みます。
その立ち姿がゆらゆら揺れて、眼前にまで迫ってくるような……
これが「オーラ」というものかなあと思いました。

『映画を見ればわかること』(川本三郎著:キネマ旬報社)という本の中で、以前上演された『欲望という名の電車』のことが書かれています。ヒロインのブランチを演じたのが大竹しのぶさんでした。

これまでのヴィヴィアン・リーとも杉村春子とも違った新しいブランチを作り出している。可愛く、痛々しいのである。ただ精神を無残に病んでゆく狂女としてのブランチではなく、大竹しのぶのブランチは、狂気と同時に、童女のようなイノセンスにあふれている。
(中略)
晩年、テネシー・ウィリアムズはテレビでアン・マーグレットが演じたブランチを絶賛したが、もし大竹しのぶのブランチを見たらそれ以上に激賞したのではないか。


もう、手放しの褒めようですね。

そういえば、ブランチも林芙美子も、どちらも同じように抜き差しならない「過去」を持ってしまう女性です。
ただ、ブランチがついには正気を見失ってしまうのに対し、林芙美子は最後まであきらめません。
斃れるその日まで、ペンを手放すことなく戦い抜きました。
大竹しのぶさんは、この二人をそれぞれ見事に演じ分けられたんだと思います。
ほんとにすごい女優さんですね。

その昔、映画『青春の門』で初恋の「信介しゃん」をけなげに慕っていたあの少女がなつかしいです。


それでは。



プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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