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憎しみは越えられるのか(映画『猿の惑星:新世紀(ライジング)』)

『猿の惑星:新世紀(ライジング)』を観てきました。

パンデミックを生き残ったわずかばかりの人類と、知能を獲得した猿たち。
果たしてお互いの間に横たわる「違い」を越えて共存共生はできるのか……
ということが骨子となった物語です。

単純明快なSFアクションを期待して観に行くと肩すかしをくうかもしれません。
全編、重苦しく、だけども見応えのあるドラマが展開されます。
平和へのあらゆる努力にもかかわらず、けっきょくは戦争へとなだれこんでしまう。
聡明で、かつ威厳と風格を持った猿のリーダーが主人公です。名前は「シーザー」。
ラスト、シーザーの眉間に漂うのは悲しみなのか怒りなのか絶望なのか、それとも諦観なのか。

観終わってふと思うのは、「納豆」をめぐる人間関係です。
人類は、大きく、納豆を「食べる人間」と「食べない人間」に二分されます。
その価値観は鋭く対立せざるを得ません。
ややこしいのは、両者の内部にさらに様々な階層が存在すること。
「好きな人はどうぞお好きに」とか、「嫌いな人に無理強いはしない」という穏健派が主流を占めます。
でも、中には「目の前で誰かが納豆を食べること」さえ許さない過激派がいたり、「あまねく世界中に納豆を普及させること」を使命と心得る、宣教師のような一派がいたりします。
もしこの双方が、ひとつの家庭の中、ちゃぶ台上の納豆を囲んで対峙したら……
次の瞬間、ちゃぶ台はひっくり返るでしょう。
それでもなお円満な生活を営めるほど、人類の叡智は成熟していないのではないでしょうか。

価値観の対立は、詰まるところ、「争い」に帰着するしかない。
そうだとすれば、こんなに寒々しいことはないですね。

『アップルソング』(小手鞠るい:ポプラ社)という本を読んでいたら、とてもペシミスティックな一文に出会いました。



人の本質は、悪なんだと、私は思っています。それは歴史が証明しています。人類の歴史は、戦争の歴史なのです。この世から戦争がなくならないのは、地球環境破壊が止まらないのは、人の持っている悪のせいです。この悪からは、どんな人も逃れられません。例外はありません。・・・(370頁)

主人公は、赤ちゃんのとき、空襲後の焼け跡、瓦礫の中から救い出された女性です。
その後、運命の糸に導かれて、報道カメラマンとなります。
そして世界各地で飽くことなく繰り返される悲惨な現場に立ち会うことに。
地獄巡りのような体験の積み重なりが、「人の本質は悪」という、揺るぎない結論にたどり着かせたのでしょうか。
深いため息とともにでなければ、絞り出されない言葉です。

でも、彼女はつづけてこんなふうに語ります。

しかし、私は信じています。悪を包み込む善があれば、悪を塗り替えてしまえるほどの美があれば、人は悪を孕みながらも、平和に幸せに、生きていけるはずなのだと。

灰の中からふたたび炭火を熾 (おこ)す「埋み火」みたいな言葉です。
すがりつくような思いの込められた言葉です。

ひるがえって……
猿たちを率いるシーザーは「苦悩」や「諦念」の中からどんな言葉を熾すのでしょうか。
憎しみを乗り越えて共生することはできるのか。
「できる」ときっぱり言い切ることができたら、どんなにすばらしいでしょうね。
いろいろと考えさせられてしまう映画でした。

それでは。






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『舞妓はレディ』と『マイ・フェア・レディ』

周防正行監督最新作『舞妓はレディ』を観ました。

事前知識がなかったので、映画がミュージカル仕立だったことにまずびっくり。
おまけに言語学者の「センセ」も登場して、「ああ、そうだったのか」と気がつきました。
このタイトル、オードリー・ヘップバーン主演の、あの『マイ・フェア・レディ』をもじっていたんですね。下品な言葉遣いしかできない下町の花売り娘のイライザをレディとして社交界にデビューさせようとするヒギンズ教授。『運がよけりゃ』や『君住む街角で』をはじめ、魅力あるミュージカルナンバーでいっぱいの映画です。
とくにすばらしいのが『踊り明かそう』という楽曲。
ヒギンズ教授への恋心に気がつき、ささやくように歌い始めるイライザが、やがてその喜びを爆発させるよう歌い、舞い、踊ります。何度でも繰り返して観たくなるような名場面でした。

ただ、この映画のストーリーには、どうもすっきりしないものが残ります。
粗野な言葉しか使えない卑しい身分の娘を「正しい」発音ができるように矯正する。
ヒギンズ教授のこの言動につきまとう傲慢さが、どうしても鼻についてしまうからです。
もちろん物語では、そういった「階級意識」の愚かしさは愚かしさとして描かれます。
「紳士」とは対照的な「庶民」たちのたくましさに光をあてる楽曲も歌われます。
それでも、ヒギンズ教授はほんとうにイライザと恋に落ちて結ばれることができるのか、そしてそれはよいことなのか、なんだか気になってしまうエンディングではありました。

その点、『舞妓はレディ』という映画、あと味のさわやかさが際立っています。
「鹿児島弁と津軽弁」を話す娘に、舞妓が使う「京ことば」を教える。
ここでは「階級意識」のようなものが顔を出す余地はありません。
どの土地の言葉も、そこに住むひとの生活に根ざしています。
受け継がれる言葉には人々の「思い」が積み重なり、そこには「ぬくもり」が生まれます。
 「鈴と、小鳥と、それから私、 みんなちがって、みんないい」
そんな金子みすゞの詩が思い出されたりします。
ヒロイン(上白石萌音)の新鮮な魅力と透き通った歌声とが相まって、観終わったとき思わずニコニコとしてしまう、そんな映画でした。

「和製ミュージカル」としても、かなりがんばっていたのでは。
『マイ・フェア・レディ』では、イライザの発音を矯正しようと歌われる楽曲の中に、「スペインの雨はおもに平野に降る(The rain in Spain stays mainly in the plain.)」という歌詞があります。「坊主が屏風に」の早口言葉みたいです。『舞妓はレディ』にも、「京都盆地に雨が降る」というナンバーがあって、これは『マイ・フェア・レディ』へのオマージュなんでしょうね。
京都盆地でなくても、秋の日本列島では、雨がよく降ります。
今日も台風の影響で、関東平野に雨は降り続いています。

それでは。




プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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