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『若冲展』で思ったこと

ゴールデンウィークの最中、『若冲展』 (東京都美術館)に行ってきました。
混雑は覚悟のうえ。だから、早朝8時半にすでにこんな行列が出来ていても驚いたりはしません。

IMG_0280.jpg

ちょっとびっくりだったのは、係の人が行列待ちの人たちに「日傘」を配っていたこと。
「転ばぬ先の日傘と帽子」は、今回の『若冲展』では欠かせないアイテムかもしれません。

さて、行列はすごかったけど、早起きした甲斐があって、9時半、開館と同時に入館ができました。
中の混雑は、これはもう仕方がありません。
お目当ての「動植綵絵三十幅」は、広いスペースの中、ずらりと展示されていました。
「ゆったり」というわけにはいかないけれど、そのすばらしさをじゅうぶんに体感、堪能できた気がします。

「動植綵絵」については、「神業としか思えない超絶技巧」などと言われます。実際、その表現力や想像力にあふれたどの作品を前にしても、見入れば見入るほど頭がくらくらしてきます。もうほんとにすごいです。

今回、この「動植綵絵三十幅」に囲まれていると、若冲はなにを考えてこんな絵を描いたのかがやっぱり気になってきます。
脈絡もなくふと「欠落」とか「孤独」という言葉が浮かんできました。

「喪失」ではなくてただの「欠落」。
「孤高」ではなくてただの「孤独」。

そう思って眺めると、画の中の鶏も鶴も雁も小鳥も、さびしそうに見えてきます。
たくさん群れている雀や魚や虫たちだって、せんじつめればみんなひとりぼっち。
深い孤独と不安の中、「何か」に取りすがろうとしているような息苦しさが感じられてきます。自分の力ではどうしようもない、宿命的に欠落している「何か」です。
その欠落を埋め合わせるためには、イメージにかたちを与え、増殖させつづけるしかありません。

今回、「動植綵絵三十幅」と同時に、「釈迦三尊像」三幅が展示されています。
「動植綵絵」はもともとこの「釈迦三尊像」を厳かに飾るために描かれたものなのだとのこと。でも、それは話が逆ではないかな、と思いました。
「動植綵絵」のためにこそ、この「釈迦三尊像」は描かれた。
三尊から放たれる光明は「動植綵絵」の中のすべてのいきものたちに安らぎを与えます。
行き場のない不安を慰藉し、増殖し氾濫するイメージをなだめます。

では、「安らぎ」のその先に「救済」はあるのか。
それとも、所詮「安らぎ」は束の間のものに過ぎないのか。
若冲は晩年の水墨画で、その答えを探り続けていたのかもしれません。

これは、若冲75才のときに描いた『蓮池図』です。

若冲

欠けても枯れても破れても、月日が巡ればまた「再生」する。
寄る辺ないように見えて、実はたくましい蓮の花です。


自宅近くに空き地があります。そのアスファルトを突き抜けてポピーが咲いていました。



地面から、というよりも、もっとずっと深いところからすっくと立ち上がっているみたいに見えます。
「妙なところから顔を出してしまった」と、がっかりしているひまはありません。
場所を選べないなら、はじめから場所は選ばない。
淡々としていて、なかなか潔いです。
若冲だったらこのポピー、どんな画に描いてみせてくれたでしょうね。

それでは。




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プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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