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日曜日の正しい過ごし方について(「小泉今日子書評集」:中央公論新社)

『日曜日には鼠を殺せ』という映画がありました(1964年:フレッド・ジンネマン監督)。
日曜日の過ごし方としてはかなりユニークです。
でもぼくにはとくに殺す鼠もいないので、日曜日にはまずコーヒーを飲みます。
そして朝刊を開き、書評欄にさっと目を通します。

チェックするのは、タイトルと著者名、それに評者。
評者のひとりに小泉今日子がいました。
アイドル時代からおなじみのひとではあるし、気になる名前です。
ただ、とくに熟読はせず、斜めに読むだけだったと思います。
今回、その書評を一冊にまとめた本を手にしてみました( 「小泉今日子書評集」:中央公論新社)。



読んで驚いたのは、彼女の書評が、日曜日ごとに10年間も続いていたということ。
それと、この書評に目を通したことがきっかけで読んだ本が何冊かあったということです。

彼女の書評は、その短い文章の中に、惹きつける「読ませどころ」がどこか一箇所は置かれています。
たとえば、

 「自分よりも弱い何かを守ると決めた時、男の子は男になるのかもしれない」(「たまもの」:小池昌代)

 「時というものは残酷でもあるし、優しくもある。私の骨にもまだいくつかの染みが残っている」(「骨を彩る」:彩瀬まる)

 「人前だろうと一人だろうと、うわぁーんと大きな声で心からなけたなら、それは大人になるための二度目の産声なのかもしれない」(「逢沢りく」:ほしよりこ)


などなど。

言葉のセンスのよさも随所で感じられて、読後感のよい書評集でした。
新聞の書評欄にまた復活してくれたら、こんどはきちんと熟読します。
『日曜日にはコイズミを読む』というのは、朝のひとときの過ごし方として「Not bad」だと思います。

それでは。





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「贅沢と幸福は別物だ」(『新しい道徳』(北野武))

ようやく知事が辞任することになりました。
都民のひとりとして、他府県の方々に肩身の狭い思いをすることもなくなりました。
ほっとしました。

ことは法規云々の話ではなく、倫理とか人としての節度の問題に終始しました。
品性とはなにか。生きるうえでの良心とは。
普段、あらたまって意識することの少ないテーマです。

北野武の『新しい道徳』(幻冬舎)に、こんなことが書かれています。



 「どんなに高いワインより、喉が渇いたときの一杯の冷たい水の方が旨い。
 お袋が握ってくれたオニギリより旨いものはない。
 贅沢と幸福は別物だ。慎ましく生きても、人生の大切な喜びはすべて味わえる。
 人生はそういう風にできている。」


さすがに「世界のキタノ」です。いいこと言います。
もちろん、彼自身、通常人ではありえない「贅沢」を体験することもあるでしょうね。
それでも、そんな自分自身をどこか醒めた目で見下ろしている、べつの「キタノタケシ」が常に傍らにいる。
そのことだけは疑わせません。

この本では、ネットの世界の風潮を指して、こんなふうにも書かれています。

 「この中で罪を犯したことのない人が、最初に石を投げなさい」
 キリストにこういわれて、昔の人はみんな黙り込んでしまったけれど、今は「じゃあ僕から」っ
 て、どんどん石を投げちゃうんじゃないか。


今回の辞任騒動で、東京都民はみんな品性や良心をめぐる命題を考えさせられたのでは。
その意味で、またとないよい機会を与えてくれた知事ではありました。
石は投げるだけが能ではないことを教えてくれました。
まさに、「他山の石、以て玉を攻むべし」、です。

それでは。



人生の花道はどこに?(映画『教授のおかしな妄想殺人』)

ウディ・アレンの最新作、『教授のおかしな妄想殺人』を鑑賞。
軽妙、コミカルなミステリー、といった味わいの映画です。
映画のバックには軽快なジャズが流れつづけます。
スクリーンと音楽に身を委ねていると、いつのまにかはじまるエンディングロール。
2時間を超える映画が多い中、90分の上映時間にはほっとします。

主人公は「人生に『意味』はあるのか」と悩む厭世的な哲学教授。
この厭世ぶり、アレン映画ではおなじみのキャラクターです。
その彼があるとき、世直しのための「正義の殺人」を思いつき、その計画に熱中する。
でもそこに『罪と罰』のラスコリニコフのような重苦しい葛藤は微塵もありません。
逆に、犯罪遂行に生きがいを見いだし、表情も明るく輝き、女子学生にもててしまったりします。そしてあっさりと手に染める殺人行為。
さてこの「完全犯罪」の行方は・・・・
それは映画を観てのお楽しみ。

ウディ・アレンがこの映画で描きたかったことは何なのか。
どうも、「殺人」という犯罪の顛末そのものではなかったような気がします。
ラストのラスト、ある「取るに足らないモノ」が主人公の運命を反転させてしまう、その「瞬間の皮肉」にこそメッセージが凝縮されているのでは。あとのことはすべて長い「前振り」に過ぎなかったのでは。どうもそんな気配を感じます。

では、それはどんな「メッセージ」なんでしょう。
「人生の意味」を問い続け、「生きがい」を求めてあくせくして、「最後の瞬間」に直面していることにも気づかずに、ただあっさりとこの世からフェイドアウトする。良くも悪くも、人間なんて所詮みんなそんなふうにして人生の幕を閉じていく・・・重たいメッセージなのに、そうとは感じさせないところに彼の「芸」があります。

ウディ・アレンも御年ついに80才。
いよいよ身の始末のつけ方が気になってきているのでしょうか。
日本には、「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」という歌がありますね。ひょっとしたら彼にも気に入ってもらえるかもしれません。

それでは。

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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