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「空洞」を満たすもの(映画『永い言い訳』)

いま、東京では、豊洲というところの地下に見つかった空洞をめぐって、てんやわんやの事態になっています。
どのように収束していくのか、まだ予断を許しません。
「さっさと埋めてしまって、なかったことにしてしまえばいい」という訳にはもいかず、右往左往するひとたち。
とつぜん降って湧いたような「空洞」とは、かくもやっかいなものかと思います。

「空洞」は、建設予定地の地下のみにとどまらず、誰彼かまわず、いきなりその胸の奥底に出現することがあります。
「喪失」が人の世の常なのだとしたら、「空洞」をかかえて生きることもまた避けられないのかもしれません。
では、ぽっかり空いたその暗闇は、盛り土をすることでリカバーできるのか。
そもそも、それは、何かで埋め合わせができるようなものなのか。
そこに湧き出し続ける「悲しみ」は、ほかのどこに持っていったらよいのか。
誰にとっても「空洞」というのはやっかいなものですよね。

公開中の映画『永い言い訳』を観ました。

永い言い訳

不慮の事故でいきなり妻を失った小説家のお話です。
なのに主人公は「これっぽっちも泣けない」ことに戸惑います。
どうも、彼の中の「空洞」は、「妻の死」以前のもっとずっと前から、そこにありつづけていた。
そのことに気がつきます。
じぶんの体の中心に居座る、黒々とした「空洞」。
それは、誰を寄せ付けることもなかった、秘密の場所です。
彼自身の「本音」でさえ、そこには居場所がありません。
彼はあせります。
せめて「悲しみの涙」でこの空虚をいっぱいに満たせたら。
だけど、「これっぽっちも泣けない」彼には、それすらままなりません。

なんだか難儀な話ですね。
観ていて息が詰まりそうになりました。

それでも映画は、結末を迎えます。
「先送り」でもなく「一時しのぎ」でもない結末に思えます。
からっぽの自分を丸ごと受け入れ、あるがままの自分を人にも受け入れてもらう覚悟。
自分の延長が「他者」であり、その「他者」もまた「受け入れがたい」ものを受け入れて生きていることを認める勇気。
「空洞」はどこまでいってもやっかいでありつづけます。
でもまずそこに「他者」のまなざしを光として満たす、そこから始めることが必要みたいです。

豊洲の地下空間問題で頭を悩ます人たちも、この映画を観れば落としどころがすぐにわかる・・・・かもしれません。
「他者のまなざし」はあなどれないです。
どうか「先送り」でもなく「一時しのぎ」でもない結末になりますように。

それでは。



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プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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