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癒されないといけない事情

都営地下鉄のホームに立つと、小鳥のさえずりが聞こえます。
最初は「どこかから逃げ出した小鳥が地下に紛れ込んている」と、思わず姿を目で探してしまいました。
もちろん、そんな筈はありません。
音声録音された鳴き声がホーム上に流されていたのでした。

調べてみると、駅のバリアフリー化の一環として導入されたサービスのようです。
目の不自由な方などを、ホーム上の階段に誘導するための音声案内。
小鳥の種類は、ホームの形式によって分かれます。

「ホオジロ」が鳴き声を奏でるのは島式ホーム(上り・下りのレールの間に、ホームが島状に作られたタイプ)。
いっぽう、「ウグイス」と「カッコウ」は相対式ホーム(線路の両側にホームがあるタイプ)でさえずります。
いろいろと、きめの細かい配慮がなされていたんですね。

本来の目的はともかくとして、小鳥の鳴き声はときに心を和ませます。
目の前で電車のドアがぴしゃりと閉じられても、頭上にウグイスの鳴き声を聞けば、「まあ仕方がないか」という気持ちになれます。
これが「ハシブトガラス」だったらそうはいかなかったかもしれません。
頭上で「あほう」と啼かれたら、誰でもむかっとするでしょう。
「小鳥の鳴き声」だからこそ、ざらざらに毛羽立ちそうな心もなだめられるのだと思います。

小川洋子さんの小説『ことり』を読みました。



ある日突然、小鳥の「言葉」しか話せなくなる少年。
両親にも医者にも学者にも、その「言葉」の意味は分かりません。
唯一、理解できるのは弟だけ。
その弟を主人公に据えた物語です。
ひたすら小鳥を愛し続けた、単調な日々と隣り合わせの数奇な人生。

「言葉が届く」とか「心が通う」というのは、ほんとうはどういうことなのか。
真の意味でそれが叶う瞬間とは、どれほど奇跡的なものなのか。
読んでいる間中、そんなことを考えさせられます。

文章は、どのセンテンスも的確で無駄がありません。
硬質な抒情性に充ちています。
随所で「小鳥の鳴き声」が、息が詰まるほど繊細に描写されていました。

たとえば鳴く前の動作については、こう書かれます。

歌は必ず前ぶれなしにはじまる。呼吸の続きのようにさり気なく、しかし第一音から十分に準備された確かさで発せられる。もしかすると嘴の奥か、羽の付け根か、どこかにささやかな兆しが現れるのかもしれないが、小父さんには読み取れない。(98頁)

そして鳴き声。

メロディーは表情に富み、リズムは軽やかで、声量はたっぷりとしている。気ままにさえずっているようでありながら、そこにはきちんとした抑制と計算が張り巡らされ、どんな一音も無造作に発せられることはない。五線紙に刻まれる音符は各々目配せを交わしながらつながり合い、独自の軌跡を描いている。歌という言葉さえ知らないものが、歌を生み出している。音色はどこまでも澄み渡り、一点の失敗もない。(99頁)

主人公が小鳥へ示す溢れるほどの愛情。
その思いは、ときに別の対象に向かうこともあります。
親切な図書館司書の女性に心をときめかせたりもします。
でも、その「思い」は届きません。
「届いた」と思った瞬間に、向こう側へとすり抜けていってしまいます。

彼の孤独な人生が終焉へと向かう間際、一羽のメジロと出会います。
「思い」をしっかりと受け止めてくれるメジロです。
主人公とそのメジロが交歓するラストシーンは、『フランダースの犬』の、あの有名な場面と重なるようにも思えたのでした。

さて。
じつは以前、事務所で小鳥を飼いたいと思ったことがあります。
その旨提案し、可否を諮ったところ、Mさん(女性)に真っ向から詰問されました。

「鳥かごの掃除は誰がするんですか?」
「連休中はどなたが面倒をみるんですか?」

そしてとどめのひとこと。

「癒されないといけない事情でもあるんですか?」

この拒否権発動により、「事務所で小鳥を」というプランは、むなしく水に流されたのでした。
「思いつき」でものを言ってはいけない、という教訓だけを残して。

というわけで、いまはただ、地下鉄ホームのウグイスやホオジロたちに接する毎日です。
つぎの電車を待つまでのたまゆら、その鳴き声に、耳を傾けています。
「癒されないといけない事情」があるのかどうかはわかりません。
でも誰だって何時だって、なにかしらの「事情」はありますよね。


それでは。


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No title

こんにちは。

この本、気になっていたんです。
不思議な話だなと思って。

田舎に帰って、山の中を歩いているとどこからかいろんな鳥が会話のようにさえずり合っているのを聞くのが好きです。
でも、今は蝉の声の方が勝っているので残念。

「癒されないといけない事情」ですか…
癒されるのに事情がいるのでしょうか?
要は世話を押し付けられるのが嫌なんでしょうが、面白い逃げ方をされますね。



Re: No title

こんにちは!

小川洋子さんの紡ぎ出す物語って、みんなどこか不思議です。
この小説には、読んでいる間中、25メートルプールを潜水したまま泳ぎきるような緊張感がありました。
ページ数は長めの中編小説という程度だけど、密度は濃かったです。

「小鳥を飼う」プランが流れた経緯については、逃げられたというよりも、むしろぼくの考えの足りなさを突っ込まれた、という感じです。
たしかに「生き物を飼う」ということについて、「考えが足りない」と言われると、返す言葉がありません。
大体、ぼくの考えは、「足りない」か「浅い」か「甘い」という指摘を受けることばかりです(^_^;)
プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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