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3つの抱擁(映画『そして父となる』)

『「雲の墓標」より 空ゆかば』(1957年)という映画があります。
主人公は、学徒兵として招集され、神風特別攻撃隊として出撃することとなる3人の若者たち。
この中で、父と息子の別れの場面が描かれます。
「もう二度とは会えない」という状況での、まさに「今生の別れ」です。

父親役を演じるのは笠智衆。
ただ黙って立って息子と向かい合い、淡々と言葉を交わします。
息子が修学旅行にでも行くかのように、あっさりと見送ります。
手を握ることも肩を抱くこともありません。
とても胸にひびく場面です。
「抱擁」の習慣を持たない戦時の日本では、このように心の中で抱き合うしかなかったんでしょうね。

親愛や友情の証(あかし)としてのハグ(抱擁)。
アメリカ映画などを見ているとしょっちゅう目にします。
日本でも、スポーツ選手の歓喜の表現として、よく目にするようになりました。
ただ、「文化の違い」ということもあるんだろうけど、街中で日常的に見かける光景ではありません。

その「抱擁」シーンがとても印象的な日本映画に出会いました。
公開中の映画 『そして父になる』です。

6才になる息子を持つふた組の夫婦。
ところがこの子どもたち、じつは出生時に病院で取り違えられていたことがわかります。
かくて、「誤り」を正すべく始まる、家族同士のぎこちない交流。
まったく、悪夢のようにひどい話です。
ボタンのかけ違いを元に戻すといったって、税金の修正申告をするのとは訳が違いますからね。

物語では、3つの「抱擁」が描かれます。

ひとつは、精神的に追い詰められた母親ふたりが、互いにいたわり合うようにして肩に手を回す場面。
苦しみを共有する彼女たちには、修羅場をくぐる戦友同士のような感情が生まれます。
肩を抱き合うことでしか霽(は)れることのないような「思い」です。

二つ目は、自宅に引き取った「実の子ども」を母親(真木よう子)が思わず抱きしめる場面。
ぶつけられる感情の激しさに、息子はたじろぎます。
だじろいでとまどいながら、それでもおずおずと腕を「母親」の背中に伸ばしていく。
「取り違え」が取り返しのつかない誤りだったとしても、ひょっとしたら「覆水」は「盆」に返るかもしれない。
そんな希望が示唆されているようなシーンです。

三つ目は、「父」(福山雅治)と、6年間、実子と思い育ててきた「息子」との抱擁です。
葛藤に苦しみ、自分を根っこから見つめ直すことを余儀なくされ、そしてはじめて気がつきます。
父に「なる」ということの意味に気がつきます。
そのために必要な、聖なる通過儀礼のようにも見える抱擁でした。

この映画では、それぞれの抱擁にきちんと意味が込められているんだなあと思いました。
それは心に囲った「垣根」をゆっくりと、あるいは一気に崩します。
こういう味わいは、ところかまわず「ハグ」する習慣を持たない日本の映画、ならではのものなんでしょうね。

さて、話はとつぜん変わるんだけど・・・
ぼくは毎朝、早暁に家を出て仕事に向かいます。
鳥たちが眠りから覚めて最初のさえずりを始める時刻です。
人の姿はめったになく、ただときどきふてくされた顔つきのノラ猫とすれちがったりします。

先日、駅に向かって住宅街を歩いている途中、まだうす暗い道の真ん中にぼんやり佇む人影が二つ、溶け合うように浮かんで見えてきました。
まさかとは思ったけど、どうも「別れを惜しみあうカップル」のようです。
不意を突いて驚かせないよう、ことさら足音を響かせて進んでゆくと、影はささっと二つに割れて離れました。
「朝っぱらからまったくもう」と思いますよね。
もっとも、「明け方の薄闇」という帷(とばり)に包まれた「後朝(きぬぎぬ)の別れ」だったのだとすれば、じゃまする結果となったのは不粋の極みだったかもしれません。

「抱擁」が日常の中で目に飛び込んで来るとあたふたしてしまう。
ところかまわずハグをする習慣を持たない国の住民として、やむをえないような気もします。
それとも、今後は国際化へ向けた意識改革が必要とされていくのでしょうか。
・・・まあ、こういうことで「葛藤」できるのも平和な証拠なんでしょうね。


それでは。


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No title

こんにちは。

まさかJIROさんと同じ日に同じタイトルの記事になるなんて!!
いや~恥ずかしくって穴に入りたい!!(>_<)

あの抱擁ですね。
印象的でした。
母親二人のは、私もうるうるしてしまいました。(T_T)
この感情はこの二人にしかわからないんだろうなって…

私はカメラがずっと気になっていたんです。
Cannonの一眼レフ、子どもが持てるからkissかな?
親が撮った写真は出てくるのに、慶多の撮ったのはあまり出ないなぁ~と。
良多が慶多にカメラをあげようとして断られた時、やっぱりカメラに何かあるなって。
それで“あれ”でしょ?
もう、ボロボロでしたね。
子どもはちゃんと父親として見ているんだなぁ~
この父親だけが、父親になりきれていなかったんだって。
だからあの時の抱擁はJIROさんがおっしゃる通りだと思います。

確かに、日常的に生の抱擁はあまり見かけませんので、いきなり目の前に飛びこんできたら驚きますよね。
昔、彼氏と抱擁してるのを父親に見つかった事があります。
めっちゃ恥ずかしかった。(>_<)

Re: No title

こんにちは!

蜩さんもこの映画、ご覧になったんですね-。
どこにも正解がないような状況を描いて、それなのに不思議と後味が悪くならない、そういう映画だったと思います。

たしかに「カメラ」は伏線であり、最後には、閉じられた心を開く「鍵」となっていたんですね。
観ているときにはうっかりしてあまり気がつかなかったんだけど、蜩さんのコメントを読んで、なるほどと思いました。
そういえば、両方の家族が寄り添い合って写真を撮る場面もよかったです。
いろいろとむずかしいことがたくさん待ち受けているだろうけれど、きっと物事がいい方向に進んでいくに違いない。
そのことを、一枚の写真がそれとなく物語ってくれているような気持ちにさせてくれました。

それから・・・
思い出すと「顔が赤くなる」思い出の一つや二つ、三つや四つは誰にでもありますよね^^
でも、心と体を奥からあたためてくれるのも、またそういう思い出なんだろうと思います。なにしろきのうからどんどん寒くなってきましたからね(^_^)

早暁?

毎朝、早暁に家を出て仕事に向かいます。

なんか(*^_^*)かっこいい!!
仕事場で一人、色々なことを考えるのでしょうか?

私もこの映画観ました。
邦画って、まあ洋画もそうなんですが・・・
割とすぐにTVで放送されるので、あまり映画館に足を運ばなかったのですが。
やっぱり、映画はいいかも!って思える映画でした。
「清州会議」も、なかなか面白かったですよ。
本を読んでいたので、さっそく観ました。
やっぱり、私的には本のイメージとは少し違ったけれど、
映画には、秀吉を前面に出した方が面白くなるんだろうなぁと思いました。
本→映画・映画→本
どちらもお勧めです。

Re: 早暁?

こんにちは、NAGAさん !

毎朝、仕事場で一人、何も考えずにうとうととまどろんでいます(^_^)

邦画でも洋画でも、たしかに、すぐにテレビ放映されることが多くて、迷うことありますね。
だから、せっかく映画館に足を運んだら、たくさん楽しまなくてはもったいないな、と、
いつも思います。

『清洲会議』、ぼくも観ました!
想像していた以上に楽しめました。
歴史時代劇という面と、喜劇映画という面とのバランスがうまくとれていたような気がします。
本では、またすこし違ったテイストが味わえるんですね。
お勧めに従って、「映画」→「原作本」のコースをたどってみようかなe-454

プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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