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「かみさま」へのメッセージ

「いい子でないといけなかった。だからわたしはいい子のふりをした。」
そう育つしかなかった女性が、看護師としての職を得て、しだいに「自分自身」を取り戻していく。
ちょっとせつないけれど、読後感は不思議とさわやかな、そんな小説を読みました(『わたしをみつけて』(ポプラ社):中脇初枝著)。


前作『きみはいい子』では、子育て、虐待、母と娘の確執がいくつもの視点に分かれて描かれていました。
今回は、親に捨てられ、施設で育ったひとりの女性が、職場での出会いや患者との触れ合いを通して成長していきます。
登場する男たちが概して情けないのに比べ、主人公の女性上司(師長)の凛とした姿勢が印象的です。


この小説、読んでいて、ふと頁をめくる指を止めてしまった箇所がありました。
孤児として育った主人公は、母親の顔も名前も知りません。
その母親が、いつか自分を迎えに来てくれるのでは、と強く祈る場面です。

 何度も願った。
 願いはいつまでも叶わなかった。
 七夕の短冊にも、サンタさんへの手紙にも、おかあさんと書いた。
 何度も書いた。
 でも一度もかなわなかった。(142頁)


これを読んだとき思い出したのが、サマセット・モームの『人間の絆』です。
彼の自伝的小説とも言われています。

主人公のフィリップは、生まれつき左足に障害があり、それが元でいじめられていました。
その彼が12歳の時に出会ったのが、聖書にある「信仰があり疑わないなら、動いて海の中に入れと山に言えばそのとおりになる」という言葉です。
フィリップは、自分のこの足を治してくださいと、夜、ベッドに入る前に、一心に祈ります。
 
 山を移すことに比べれば、こんなことは、ほとんどいうほどのことではない。神様の御意(みこころ)さえあれば、必ずなおると信じており、またその信仰には、微塵の疑いもなかった。翌朝、またしても同じ願いの祈りをくりかえすと、彼はその奇跡の期限まで定めた。
 「ああ、神様、もしあなたのお恵みをもって、御意でありますならば、どうか私が学校へ帰りますまでに、この足をおなおし下さい。」(『人間の絆』:新潮文庫、中野好夫訳)


でも、山はいっこうに動きません。足もいつまでたっても元のまま。
信仰はある。なのになぜ山は動かないのか。足は治らないのか。
その理由を、大人はあっさりと決めつけます。

 「それは、つまり、信仰が足りないということ、ただそれだけさ。」

なんだか身も蓋もない言い方ですね。
「それをいったらおしまい」という気がするんだけど、どうなんでしょうか。

このくだりがいまでも印象に残っているのは、ぼくにも似たような体験があったから。
といっても、障害云々というような深刻なこととはまったく関係ありません。

7才のころ、とある不安を抱え、小さな胸を痛めていた時期がありました(ほんとに)。
そんなとき、この世界には「かみさま」がいるらしい、ということを知ります。
聖書とは無縁の環境にいても、そういう知識はどこからともなく頭に入り込みます。
もし「かみさま」がいるのなら、なにも不安に思う必要はない。
だとすれば、どうすれば「いる」ということを確かめられるのか。

考えたあげく思いついたのが、「かみさま」に返事を求める、という方法です。
毎晩、枕元に、小さな白紙を置いておく。
もし「かみさま」がいるなら、その白紙に「いる」のひと言でいいからメッセージを残してほしい。
眠る直前、布団の中でけっこう真剣に祈ったものでした。

でも、どういうわけか、というか、当然に、というか、白紙は翌朝も白紙のまま。
次の朝も、またその次の朝も。
けっきょく一週間ほどであきらめることになります。
やっぱり「かみさま」はいないのだろうか、と思うとがっかりだったけど、がっかりしているうちに「不安」のほうもどこかへ流れて消えてしまいました。
なにしろ遊ぶのに忙しい年頃ですからね。
飽きっぽいのは生まれつきだし。

いずれにしても、このことから、もし「かみさま」がいるのだとすれば、ずいぶん筆無精であることがわかります。
メールを出してもぜったいすぐには返事をよこさないタイプでしょう。
LINE(ライン)のやりとりにも向いていないと思います。
ただ、いきなり「白紙を枕元に置いてメッセージを求める」というのも、フェイスブックで面識のない相手に「友だち申請」するのと同じでは、という気がします。ひとりよがりはいけません。

とはいえ、ひとりよがりでもなんでも、そのときはそうするしかなかったんでしょうね。
たぶん、「みつけて」もらうことが必要なんだろうと思います。
そのためには順序として、まず「じぶん」をみつけないといけない。
『わたしをみつけて』の主人公も、『人間の絆』のフィリップ少年も、みんなそうやって成長していきました。

いま、枕元にメモ用紙を置いておいたら、どうなるだろう。
朝になったら、「いる」のメッセージが残されていたりするだろうか。
再チャレンジするには、まだまだ時期尚早だなという気がします。

それでは。


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No title

こんばんは!
なかなか興味深い文章ですね。
7歳のJIRO少年の不安とは何だったのでしょうね。
かみさま、きっと、世界中からのお願いがいっぱいで、
にっちもさっちもいかなかったのかも。

私は小学生の時、死がこわくて、毎晩やはり布団の中で、
「神様仏様、この世のあらゆるものにお願いします。
あしたもちゃんと目が覚めて元気にすごせますように」
なーんてお祈りをしていました(^-^;
他にもいろいろ、かなわぬお願いをしていたような…

「じぶん」をみつけるって難しいですね。
今でも一番わからないのが「じぶん」です。
そのせいか、何年たってもちっとも成長しません。

ところで、スマホは慣れましたか?

Re: No title

こんにちは!

くまねこくんさんも、小さい頃、「布団に入ってからのお祈り」をされていたことがあるんですね。
こどもって、あるとき「なにか」に気がついてしまうのかな、と思います。
世界にはいろいろ思いのままにはいかないことがあふれているんだ、というようなこと。
でも、ほんとうに「思いのまま」というのはありえないことなのか。
それを確かめるには、とりあえずじぶんだけの「かみさま」にお伺いを立ててみる。
そんなことしかできなかったのかもしれません。
でも、たしかに、そんな姿がかみさまの「目にとまる」のはずいぶん難儀なことですよね。
がんばって生きていれば、そのうち気付いてくれるのかな?(^_^)

スマホはですね、ええと、カメラは使えるようになりました。
あと、地図アプリをなんとか使えます。
でも、電話がかかってくると、いまだにあたふたしています。
メール作成にも時間ばかりかかるし・・・
日暮れて道遠し、です。
ただ、ほんとにほんとに少しずつ、後ろではなく前に進んでいます(と思います、たぶん)。v-341
プロフィール

JIRO

Author:JIRO
東京下町で開業する司法書士です。
司法書士とはなにをする人か?
・・・一言では説明が難しいです。
といって二言三言あれば説明できるわけではなし。

このブログでは、日頃の出来事や読んだ本、観た映画などのことを書きつらねてみたいと思います。
あ、お仕事のこともすこし触れていきます。

(ホームページ http://www.noguchi-office.jp/)

相続なら江東区の司法書士 みどりの杜司法書士事務所(会社設立)

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